V長崎15周年<6> 「若手育成」へ 功労者ら15人に戦力外通告 2010年(JFL)

V長崎の誕生からチームを支えたMF原田(中央)。シーズン終了後に引退してフロント入りした=2010年4月29日、諫早市の県立総合運動公園陸上競技場

 Jリーグ規格を満たすスタジアムが確保できないという前年からの課題に進展がなく、9月には成績の良しあしにかかわらず2013年まではJ2昇格を断念せざるを得ない実情が明らかになった。それでも、新たに就任した佐野達監督の下で選手たちはしっかりと成長の跡を残した。
 開幕2連勝を皮切りに白星を重ね、9月に昇格断念が発表された直後のホームFC琉球(沖縄)戦も意地の勝利。10月には3連勝するなど勢いを付け、残り4節で2位まで勝ち点差「5」の5位という好位置に付けた。
 さらに浮上することはできなかったものの、15勝8分け11敗の5位でシーズンを終了。前年の11位から大きく順位を上げた。
 スタジアム問題で昇格までに複数年を要することもあり、クラブはここから一気に「若手育成」へかじを切る。所属選手32人中15人に戦力外を通告。原田武男(現V長崎U-18コーチ)、竹村栄哉(現ベガルタ仙台強化担当)、加藤寿一(現V長崎U-12コーチ)、久留貴昭(現創成館高監督)らがチームを離れた。クラブは痛みを伴いながらも光明を探っていた。変革のときを迎えていた。

 


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