「コロナ後の世界」でESG投資の「社会」がより重視されるワケ

新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、日本でも緊急事態が宣言されました。外出自粛や営業休止が要請される中、自分が感染しないか、人にうつしたりしないか、今後の生活はどうなるのかといった不安を抱く人は増えているでしょう。


「社会不安」に寄り添う企業対策に大きな共感

一方、外出自粛生活に欠かせない生活インフラとして営業を続けるスーパーでは、近距離での不特定多数の接客による感染可能性という心理的な負担感ばかりでなく、通常以上の来客数による仕事量の増加で肉体的な負担感も高まっているでしょう。

こうした中、首都圏や近畿に275店舗を展開するスーパー「ライフ」を運営するライフコーポレーションは、パートやアルバイトを含めた全従業員約4万人に対して総額約3億円の「緊急特別感謝金」を支給すると発表。感染への不安だけでなく経済的不安の解消にもつながる対策として評判になりました。

このような対策は従業員の支援に留まらず、企業イメージの大幅な改善をもたらし、今後の店舗展開や人材採用にも良い影響を及ぼすと考えられます。

コロナ拡大で高まる「S(社会)」への注目

近年、世界的に広がったESG 投資。財務状況だけでなく、環境(E)、社会(S)、企業統治(G)を重視する投資スタイルを採用する投資家が増えています。ESG投資の中でも、アベノミクス下での企業統治改革を追い風に、自己資本利益率(ROE)や株主還元の充実など「G」への注目が先行しました。

続いて、気候変動リスクへの意識が高まるにつれて「E」への取り組みも強まっていました。一方で、人権問題など「S」への関心は薄くなりがちだったことは否めないでしょう。

しかし、コロナの拡大とともに、「S」への注目が急速に高まっています。ESGに特化した米調査会社トゥルーバリュー・ラブスは、最近のESG関連情報の73%が新型コロナウイルス関連だったと報告しました。従業員の健康や安全、労働環境などに関する情報が全体の約半数を占め、高い関心を集めています。

また、英コンサルティング会社フィンズベリー傘下の米グローバー・パーク・グループ(ワシントン)は3月下旬、新型コロナウイルスをめぐる企業の対応について世論調査を行ったところ、低評価の米国議会とは対照的に、米国の大企業は高評価が与えられました。

ただ、同時に、回答者の82%は企業が従業員の病欠に有給を認めるべきだとし、81%は営業や生産活動が一時停止しても給与を払い続けるべきだと考えていることが明らかにされました。

こうした世論の変化に対応した企業は少なくありません。モルガン・スタンレーやバンク・オブ・アメリカ、ペイパル、スターバックスなどは、一定期間の雇用維持などで従業員を守る方針を打ち出しました。

伊エネルギー大手エネルは、世界の従業員6万8,000人を対象に、新型コロナで入院した場合の費用をカバーする保険を提供すると発表。同社は世界中の全従業員にこうした保険を提供するのは世界初の取り組みだと主張しています。

米国企業は苦境に陥れば簡単にリストラを行うと考えがちですが、今回は解雇しないばかりでなく、減益局面にもかかわらず従業員に手を差し伸べる大企業が数多く出ています。企業の経営スタンスが、短期的な利益追及から、長期的な競争力強化に向けた企業戦略へと変化したことによると考えられるでしょう。

<写真:ロイター/アフロ>

「E」投資家からも強まる「S」重視の圧力

全世界の資産運用会社やNPO投資家、年金基金が集まる投資家連合(275社、運用資産7.7兆ドル)は、コロナ問題に対する企業に「労働者の健康が最優先」「一時帰休の際には、十分な金銭保証を」「自社株買いは停止し、役員報酬も制限せよ」などを要求しています。

コロナ後も、企業に対して業務効率化の手綱を緩めないよう要求し、「働き方改革」などの分野に広がっていく可能性は高いでしょう。

コロナ後の世界では、従来は「E(環境)」を重視していたESG投資家が、企業に対して「S」も要求する圧力が高まりそうです。コロナの感染拡大に伴って、各国でロックダウン(都市封鎖)が実施され、企業は出張の削減や遠隔勤務などでビジネスの効率性を高める取り組みを行っています。

このような経済活動の停滞は、結果として、短期的には温暖化ガスの排出の抑制をもたらしました。たとえば、インドでは、ロックダウンによって全土で大気汚染が改善し、北部パンジャブ州から200㎞近く離れたヒマラヤ山脈が30年ぶりに見晴らせるようになったそうです。

「S」優良企業株は相対的に高パフォーマンス

日本国内のESG投資残高は2019年3月時点で約336兆円と1年前から約45%増加しました。コロナショックで世界的に株価が大幅調整した足元の局面でも、ESGファンド(株式)への資金フローは底堅いです(下図)。

こうした投資マネーの流入を背景に、ESG面での市場評価が個別企業の株価にも影響しています。コロナショックで市場全体が下落する中、ESG投資は平均より安定的で、ESG評価が高い企業の株価は平均を上回る傾向がみられました。

また、「S」の代表格である女性活躍や従業員の健康確保に関する指標「なでしこ銘柄」や「健康経営銘柄」への選出企業からなる株価インデックスは、2010年以降の期間においてTOPIXを上回る高パフォーマンスを示しています。

コロナ後の世界に向けて

コロナのパンデミック終息に向けて世界は動き出しています。債券市場では、株式市場に先駆けて、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)など国際機関が新型コロナウイルスに関連した支援を目的とした債券の発行を開始。社会の特定の課題解決に資金使途を絞った「社会貢献債」の発行額は1〜3月期に約270億ドル(約2.9兆円)と前期の2.1倍に膨らみました。

「環境債」に比べると規模が小さい「社会貢献債」ですが、今後はワクチン開発や経済的打撃を受けた企業や個人の支援のために多額の費用が必要となることから、「社会貢献債」の活用が広がっていく可能性は高いでしょう。

企業レベルでは、米マスターカードが感染症のワクチン開発に注力するビル&メリンダ・ゲイツ財団などに2,500万ドル(約26億7,500万円)を寄付しました。日本では、トヨタ自動車と同グループ各社が医療現場や医療用品の支援のほか、治療薬開発の研究支援にも乗り出すと表明。

医療現場支援として、日産は自社工場を活用した医療用フェイスシールドの製造、帝人は医療用ガウンの生産を行うほか、ソニーなど複数企業が人工呼吸器の生産協力の検討を明らかにしました。サントリーホールディングスや宝酒造、資生堂などは医療機関に向けた消毒液の増産体制に入っています。

今後、世界的な感染症の抑制に向けた取り組みや、ワクチン・治療薬の開発などによって、早期に終息することを願ってやみません。同時に、コロナを背景に強まった「S(社会)」を注目するESG投資の流れはより一層強まっていくと予想されるでしょう。

<シニアストラテジスト 山田雪乃>

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