転機は「インドの“さくら”コール」 Tリーグ最多勝・森さくら誕生秘話<後編>

写真:森さくら日本生命レッドエルフ)/撮影:ハヤシマコ

恩師・竹谷康一コーチとの出会いで、“全日本2位”の呪縛から解き放たれ、本来の卓球を取り戻した森さくら。しかし、その頃日本卓球界は伊藤美誠、平野美宇ら2000年生まれの卓球黄金世代を筆頭に急激な若年齢化の波が訪れていた。96年世代で中堅層に足を踏み入れていた森は、モチベーション維持に苦しみ、何のために卓球をするのかと葛藤の日々を送っていた。

そんな森の転機となったのは、2018年のインドリーグ2ndシーズンへの参戦だ。

「めちゃくちゃ楽しかった」インドリーグへの挑戦

「外国のリーグに行ったことがなかったから挑戦してみたい部分と、見た感じ盛り上がっていたので自分に合ってるなと感じていた」と森はかねてからインドリーグに好印象を抱いていた。

2017年に開幕したインド初の卓球プロリーグであるUltimate Table tennis(UTT)は、7月に約3週間に渡って実施された。8シングルス、1ダブルスの男女混合団体で、勝敗は獲得ゲームの総数で決定されるという通常とは異なった試合形式で行われる。試合も3ゲームマッチで、10オールになったら1本勝負で決まる短期決戦型だ。

写真:インドへの挑戦を笑顔で振り返る森さくら/撮影:ハヤシマコ

「実際にお声がけしていただいたとき、絶対に行きたいと思った。そこでまた卓球を頑張るモチベーションが沸きました」。

森は、同じく日本から参戦した吉田雅己とともにDABANG SMASHERSに所属し、7月に3週間のリーグ戦を戦った。「試合が一瞬で決まるメンタル勝負。そこに観客も盛り上がる」と吉田も語っていたように、スリリングなルールも相まってインドの観客はプレーごとに大きく盛り上がる。そんな中で、森のトレードマークでもある大きな声とガッツポーズは、インドの観客の心を鷲掴みにした。

写真:試合中のガッツポーズがトレードマークでもある森さくら/提供:ittfworld

「リーグは3ヶ所で1週間ずつ試合があるんですが、試合中大きな声を出すからか、どこでも敵味方関係なくファンが“さくらコール”やってくれたこともありました。インドの観客は騒いでる方を応援してくれるので私にはピッタリの場所で、めちゃくちゃ楽しかったです」と満面の笑みで異国での挑戦を振り返った。

インドでの経験が成長のきっかけに

初の海外リーグ、初の長期海外生活、初顔合わせのチームメートと初物尽くしの経験は森を大きく成長させた。

「私本当に英語が出来なくてHow are you?と聞かれてもThank youと答えるレベルだったんです。インドでの試合も、同じチームの吉田さんが通訳してくれてなかったら成り立ってなかった(笑)。でもインドで3週間過ごして帰ってきたら結構喋れるようになってました。外国の友達と今では日常会話レベルは話せるようになったので世界観も変わりましたね」。

写真:森さくら/撮影:ハヤシマコ

私生活だけでなく、卓球面でも大きな収穫を得た。「青森山田中の頃から思い切ったプレーができなかった」と語る団体戦への苦手意識を克服することができたのだ。

写真:森さくら/撮影:ハヤシマコ

「今までは団体戦が不得意でした。出てないチームメートも含めて何人も見つめてくることがプレッシャーに感じて、自分が選ばれて出てることに胸張って良いプレーができてなかった。でもインドに行ってからは、Tリーグ含めて、不思議と団体戦で思い切ってプレーが出来るようになりました」。

時にはインド男子のエース、サイチヤン・グナナセカランと混合ダブルスを組んだこともあった。異国の地で初顔合わせのチームメートと団体戦を戦い、ベンチ、観客を味方につける戦い方を身に着けていった。

写真:Tリーグで活躍した森さくら/撮影:ラリーズ編集部

結果的に、森と吉田が所属したDABANG SMASHERSはインドリーグ2ndシーズンを制覇し、卓球の楽しさを思い出した森。2018年10月に開幕したTリーグファーストシーズンで日本生命レッドエルフの初代女王獲得に貢献し、2019年の全日本選手権では3位入賞、Tリーグセカンドシーズンでは最多勝獲得と更なる進化を遂げた。

「卓球ができる職業につけて本当に良かった」

紆余曲折の卓球人生を歩んできた森もまだ24歳。オフの息抜きを尋ねると意外な答えが返ってきた。

「友達とごはんやお茶しに行くこともあります。でも最近は卓球のことがファンみたいに好きなんです。普通に休みの日、強い選手の動画見てます(笑)。朱雨玲(ジュユリン)選手とか樊振東(ファンジェンドン)選手とか、日本の男子選手の試合も観ます。特に朱雨玲選手はずっと憧れでずーっと好きです!」と楽しそうに話す。

写真:森さくら/撮影:ハヤシマコ

取材直前の3月のカタールオープンでは、憧れの選手である元世界ランク1位・朱雨玲と対戦しゲームカウント0-4で敗れた。敗戦については反省しつつも「初めて試合させてもらったんですけど、かっこよすぎました。卓球台のそこにいるんですよ?もうヤバい!って思って(笑)。卓球がすごくかっこよくて朱雨玲選手みたいになりたいんです」と子どものように目を輝かせた。

「卓球の楽しさみたいなものがわかってきて、今こうしてずっと卓球ができる職業につけて本当に良かったです。次のシーズンもしっかりTリーグで勝率を上げて、もっとチームに貢献できるようになりたいなと思います」。

写真:森さくら/撮影:ハヤシマコ

全日本2位、世界卓球代表と一度花開いた森は卓球の楽しさを知り、Tリーグ最多勝を獲得するまでに返り咲いた。「さくら」の満開はこれからだ。

(取材・2020年3月初旬)
取材・文:山下大志(ラリーズ編集部)

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