欧州若手女性リーダーが危機に支持される理由 「やっている感」ではなく、大切なのは誠実さ

By 佐々木田鶴

ウィルメス首相©Sophie Wilmès

 新型コロナウィルス感染症(COVID19)は、今や世界で猛威を振るっている。その対応で、台湾や香港の女性リーダーの活躍が伝えられているが、欧州でも、若手女性リーダーの誠実な対応は、それぞれの国民から認められている。筆者の住むベルギーでは、歴代初の女性首相ソフィー・ウィルメス氏が陣頭指揮をとっている。そこから危機に直面したときのリーダー像を探ってみたい。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

 ▽ベルギー初の女性首相

 日本からは想像できないだろうが、ベルギーでは、昨年5月末の総選挙以来、いまだに組閣ができていない。オランダ語を話す人々とフランス語を話す人々の支持政党に大きな違いがあり、結果として、いくつもの少数政党を含めた多党連立政府となるためだ。そのため組閣に1年以上もかかることは珍しくない。そこで、新政権ができるまでは前政権がそのまま続投することになっている。

 ところが、今回だけは、ちょっと困ったことになった。というのも、前首相が欧州連合(EU)の大統領職に就くために首相の座を降りてしまったからだ。そこで、ピンチヒッターとして登板したのが45歳のウィルメス氏。3月17日、COVID19対応のための緊急臨時政府が正式に樹立し、ベルギーでは初めての女性首相となった。

 ダークホースから突然浮上した形で就任したウィルメス氏は3月18日、国営テレビで放映された1時間にも渡る記者会見での封鎖措置発表を粛々とこなし、人気は急上昇。〝中東のCNN〟とも呼ばれる辛口の衛星テレビ局アルジャジーラが、「機能不全の失敗国ベルギー」がCOVID19をなんとか乗り越えようとしているのは、冷静で控えめ、落ち着いて包摂的なウィルメス首相の功績と評価する。

 ▽家父長的リーダーと対照的な庶民目線

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相© Fotograf Rune Johansen

 各国のCOVID19への対応をみると、米トランプ大統領、仏マクロン大統領、英ジョンソン首相など、強いカリスマ性を押し出した大国の家父長的リーダーの大きな言葉が一人歩きしている感がある。日本でも、コロナ禍を利用した「やってる感」のアピール合戦が鼻につく。

フィンランドのサンナ・マリン首相( 提供Finnish Government)

 これに比べ、ウィルメス首相を始め、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相(42歳)やフィンランドのサンナ・マリン首相(34歳)など、若手女性首相たちの実直で人間味のある新型コロナ対策は対照的だ。彼女らは庶民の目線に立っている。

 ▽死者数の国際比較に意味がない理由

 ベルギーの死亡者数は仰天するほど多い。人口約1100万人の小国で、4月22日現在の死者数は6000人を超えた。人口100万人あたりの死者数では600人近く、スペインを抜いて不名誉な独走状態だ。さらに、死亡の約半数が高齢者の介護ホームで起こっている。そう聞けば、誰もが、介護ホームで爆発的な感染が広がり、手に負えなくなっていると想像するに違いない。にもかかわらず、政府の専門家ブレーン(国立公衆衛生研究所、Sciensano)も政府首脳も落ち着き払っている。なぜか。

 Sciensanoの説明によれば、ベルギーでは、この間、介護ホームで亡くなった方のほとんどを「新型コロナによる死亡の疑いあり」としてカウントしているため、かなり過大計算していると承知しているからだという。死亡者全体の半数を占める介護ホームでの死亡者でPCR検査によって陽性と確定されている割合は、4分の1以下に過ぎない。「国によって、何を感染者とするか、どこまでをコロナによる死亡とするかなどの基準が異なる今、現時点での国際比較に一喜一憂してもあまり意味がない。」というのが専門家の見解だ。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 ▽新規確定陽性者数と集中治療室占有率

 流行のピークを判断する手がかりは、新規確定陽性者数動向と、集中治療室の占有率と専門家は説明する。確かに、ベルギーの単位人口あたりの集中治療室数は世界的に見てもかなり多く、現状では、COVID19の重篤患者による占有率は50%をやや上回る程度で余裕がある。新規確定陽性者数も、新規重篤化患者数も、順調に漸減している。

 こうして、ウィルメス首相は15日、フランスより1週間早い5月4日から、少しずつ慎重に封鎖を解除すると発表した。これに先立ち、4月18日からは、庭仕事やホビー大工が楽しめるようにと、ホームセンターや園芸ショップの開店を許可し、厳しいルールの範囲内で、介護ホームへの近親者の訪問も禁止しないとわずかながら行動制限を緩めた。記者に質問されたウィルメス首相は、「だって、この一番気持ちのよい季節に、誰だって庭仕事をしたいでしょう? 愛する家族に会いたいのが人情でしょう?」と〝普通の人〟の声で答えた。

ウィルメス首相(中央の女性)©Sophie Wilmès

 ▽孤独や厭世観からの死も

 高齢者では新型コロナウイルスによる肺炎が直接死因であることも多いが、愛する家族から切り離された孤独感や厭世観から生きる意欲を失っている場合も少なくないという。これらは、ウイルス性肺炎でなくとも、広義の「コロナ関連死」といえるのではないか。

 筆者の知るホームでは、コロナ禍の中、本人とその近親家族に連絡をとって、「人生会議」を急ぐところもある。つまり、入居中の高齢者が今、COVID19かもしれない症状を示したとしたら、検査を受けて病院に入りたいのか、それともできる限り、住み慣れたホームで最後を迎えたいかとの意思確認だ。検査をしてCOVID19であることが確定すれば、隔離病棟に送られ、家族はもちろん、馴染みの介護職員とも全く会うことはできなくなる。病院で亡くなれば、死体は速やかに隔離され、遺族が葬儀を出すこともできない。

 2002年から、世界でもいち早く安楽死が合法化され定着しているベルギーでは、生前にこうした意思確認をすることは、「残酷」というよりもむしろ「人間らしく誠実」と考えられるようになっている。

 ▽子どもに直接語り掛ける首相

 ウィルメス首相は、国営テレビ局の人気子どもニュース番組に、他の若き女性閣僚たちとともに登場し、子供たちの質問にも、優しいお母さんか先生の目線で答えている。なぜおうちにいないといけないのか、なぜお友達と遊べないのか、いつ大好きなおばあちゃんに会えるのか、夏休みはなくなってしまうのかなど、子供たちの質問は尽きない。マッチョで、威厳あるリーダーにはなかなか聞きにくいだろう。同じように、子どもに直接話しかけるアプローチは、デンマークでも、フィンランドでも取られている。

 女性政治家なら、誰でも緊急時に優れたリーダー性を発揮すると言いたいわけではない。女性でも、上から目線で演出過剰になる人もいる。自粛要請があっても、自分は別と思ってしまう人もいる。

 ノーベル文学賞に輝いた著名作家カミュは、ペスト蔓延の脅威にさらされた1940年代のアルジェリアを舞台に、代表作『ペスト』の中で、社会や民衆の混乱を描き、こう説いている。必要とされるのは、ヒロイズム(英雄的行為)ではなく誠実さ。そして誠実さとは、自分に与えられた職務を粛々と果たすことだと。

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