「防御」から「他人にうつさない」へ

 医療崩壊防ぐために、伝わるメッセージを

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緊急事態宣言後、19日の日曜日。神奈川県藤沢市の鵠沼海岸には多くの人がいた

 「ゴールデンウィークに旅行に行く計画なんですよ。どうしようかな」

 「緊急事態宣言」が、16日に全都道府県に拡大された後の街頭インタビューだ。「3密」「STAY HOME」の呼びかけに反した行動も報道されている。 コロナ危機は現実だ。1%でも自粛をしない人がいてはいけないし、全員一人残らず行動を抑えないと制御が難しい。にも関わらず、なぜ行動を変えることができないか。それには「医療崩壊」の深刻さが伝わっていないこと、行政からの情報のメッセージ性の弱さがある。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽医療崩壊は、最後の砦が消えること

 「医療崩壊」と聞いてどれだけの人が具体的にイメージできるだろうか。

 端的に書けば、誰でもが頼りにしている「最後の砦」が消える。普通にあった頼りの綱が消えるのだ。新型コロナウイルス感染者が増えれば、集中治療室(ICU)や人工呼吸器が必要な重症化した患者が治療できなくなる。高度医療を提供し、交通事故、脳梗塞や心臓疾患での救急医療、がんや高度な技術を要する病気の治療を担っている拠点病院の機能もマヒする。結果として本来なら助かった命が減る。医療崩壊は感染確認者数が突出して多い東京都で深刻になってきている。NHKの報道によると、13日時点で東京都の新型コロナ対応の病床数(隔離病床)は97%が埋まっていたが、20日の調べでは130%になった。重症化患者の受け入れを断らざるを得ない状況が始まってきたのだ。

新型コロナウイルスの感染者を受け入れる都内の病院に到着した救急車=1月、東京

 ▽崩壊しつつある医療現場

 日本が直面しつつある「医療崩壊」には7つの段階がある。

1.新型コロナ感染症の陽性者が病床を埋めてしまう

 検査で陽性とされると入院措置が取られる。現在の法の枠組みでは患者は無症状でも隔離病床を必要とするからだ。この病床が東京ではほぼ満床のため、検査で陽性の軽症者、無症状者を自宅療養か自治体が借り上げたホテルに収容する動きが始まったが、その動きが陽性者の増大に追いついていない。

2.新型コロナ重症患者数がICUを占有、不足させる

 新型コロナ感染症が重症化した患者を救命するためにはICUと、重度の肺炎を治療する人工呼吸器や、新型コロナウイルス治療の最後の砦とされる人工肺(ECMO・エクモ)が必要だ。しかし報道によると、日本は人口10万人当たりのICU病床数がドイツや米国の4~5分の1とされ、高度な医療機器を操作できる人材も不足している。人工呼吸器の確保が急がれる中、メーカーが生産と輸入を増やしているが今後、重症者が爆発的に急増した場合には確保している数が追い付かず、重傷者の治療が不可能になる。新型コロナ感染症の重症者と死亡者の約8割が高齢者と分かってきているが、日本は医療崩壊が起きたイタリアと同様、超高齢社会であることを忘れてはならない。

新型コロナウイルスの感染拡大で医療崩壊の危険性が高まるイタリアの病院=3月16日、ローマ(AP=共同)

3.脆弱な医療現場を追い詰める

 医療現場はもともと人不足である。単純な比較はできないが、人口千人当たりの医師数は日本が2・4。ドイツは4・2、アメリカは2・6 、イタリアは4となっており、多くはない(OECD Health Statistics  2019年)。大都市の基幹病院では新型コロナ対応で医療スタッフへの荷重が高まり疲弊している。現時点でも感染患者の治療に必要なECMO、防護服などの物不足があり、大学病院などの基幹病院が感染患者を公的に引き受けたその瞬間から、病院全体が別の病院になってしまうことは知られていない。追い打ちをかけているのが、コロナ患者以外の外来と入院患者の急減による大学病院の収入減だ。コロナ患者を受け入れた途端、感染を怖がる患者の受診キャンセルが相次ぎ、病院収入が激減し、財政面でも過酷な現場を追い詰めている。今の都内の大学病院は3ヶ月前の病院とは全く異なる病院になっているそうだ。

4.大病院の「野戦病院」化と救急医療の停止

 今、病院にとって最大の課題は、新型コロナウイルスを院内に持ち込まないということだ。院内感染を増やさないことで、医師や看護師など、患者の治療にあたる医療スタッフを守り、院内感染による集団感染を起こさない。病院には患者以外は家族でも立ち入り禁止となっている。 東京のある基幹病院では、まずは屋外で「トリアージ」(多数の患者が出た際に手当の緊急度にしたがって優先度を決める)し、疑わしい患者はPCRで新型コロナウイルスの陰性反応を見てからでなければ通常診療が始まらない。この作業だけでも医療スタッフの労力が奪われてしまっている。

 「基幹病院は日ごとに野戦病院化しています」。生死を争う急性心筋梗塞や脳卒中の患者が、直接手術室に搬送されないでトリアージエリアに集約され、大切な時間が浪費されてしまっているという現場の医師からの報告だ。

 救急車の受け入れ拒否や、たらいまわしが報道されている。それは、新型コロナウイルスを院内に持ち込まないために細心の試みが行われているからだ。感染を恐れて救急隊から通報があった段階で断る病院も少なくない。

東京都内のある基幹病院の屋外トリアージエリア

5.高度医療を施せない

 高度治療ができないことは新型コロナ感染症患者が増えたことによる弊害だ。胃カメラでの手術が停止または極端な減少に陥っている基幹病院は多い。例えば、心臓手術の前に重要な経食道心エコーが、ある基幹医大ではスタッフが感染疑いになったため数日間完全停止した。その後も縮小傾向だ。他にも、通常時には普通に治療できている難易度の手術・治療が滞っている。感染拡大当初の東京では、国立国際医療研究センターや都立駒込病院などに感染患者を集約していた。都は、患者の増加に合わせて地域の基幹病院、そして大学病院にまでも感染患者の収容(医療分担)を求めてきた。この結果、病院は人手不足に陥り、人手と時間のかかる高度医療に手が回らなくなっている。

6.地方での医療崩壊

 緊急事態宣言が全国で出された大きな理由は、地方での「医療崩壊」を引き起こす重大な懸念があるからだ。大都市から軽井沢、沖縄などの観光地や地方への移動(疎開)が目立ってきている。地方は医療体制が整っていないところが多く、地方に感染を広げてしまうと、医療が提供できなくなる。実際、感染者が沖縄などで増えつつあり、ゴールデンウィーク中の帰省による感染拡大が危ぶまれる。

大型連休、JR予約9割減と分かった品川駅を歩くマスク姿の人たち=14日午後

7.命の選別

 救急医療や重症者の受け入れ、高度医療ができなくなっている病院では、人工呼吸器やECMOの不足によっては命の選別もやむをえなくなる。死者が2万人を超えたスペインでは、人工呼吸器不足で65歳以上の重症患者から人工呼吸器を外す選別が行われた。日本ではECMOが必要なのに対応できる病院に空きベッドがなく、待機している患者がすでにあふれているとも報道されている。

 ▽「誰かにうつさない」という警告を発すること

 日本に起きつつある医療危機に直面している今、行政が市民に対して打ち出すべきメッセージは「皆がコロナウイルスを持っている前提で行動せよ」という警告だろう。PCR検査が増え始め、無症状者だがウイルス陽性者が多くいることが都内で分かり始めている。これも「防御する」の第一フェーズから、「相手にうつさない」の第二フェーズに移ったという明確なサインだ。

 ▽「小学5年生でも分かるように」

 危機時のクライシスコミュニケーションの鍵は、誰にでも分かるメッセージである。難解な説明ではなく、皆が分かる印象的で強い言葉だ。数字や論理の説明よりも、はっきりとした短い言葉で何度も繰り返すこと。標語(スローガン)やイラスト、ピクトグラムなどが有効だ。市民に「学習」や「勉強」を期待しても、時間も心の余裕もないクライシス時には無理だ。伝えるコツは「小学5年生でも分かること」だ。

 我々が直面しているのは、「平常通り」「口を覆わないで会話する」「手を洗わない」とかの些細な行動が誰かの命を奪ってしまうという残酷な疫病だ。だからこそ、誰でもが分かり、覚えやすいメッセージを明確に打ち出していく必要がある。

7日、ロンドンで記者会見するラーブ英外相(ロイター=共同)

 ▽効果的なメッセージの例

 人の判断が数字や論理よりも感情やイメージにより支配されることは、心理学や行動経済学で知られている。よって、多くの人に緊急に伝えたいのであれば、人の「頭」よりも「心」に刺さるように出していく。覚えやすく、短く、繰り返してメッセージを出すことが大切だ。例えば「家にいよう。命を守ろう」「家にいよう。白衣を守ろう」とか、グーグルが打ち出しているような「Stay Home 命を救おう」などのスローガンや、イラストは効果的ではないか。大阪市が呼びかけ、医療現場の防護服代わりに雨合羽の寄付を呼びかけたアクションも良い例だ。すぐに30万着も集まったそうだが、行動を呼びかけることは問題意識の喚起には有効だ。数字の替わりに、具体的な「人の顔」を思い浮かべられるようイラストや写真などを使い「この人たちを守ろう」とメッセージを出していく工夫も急がれる。

 行政による医療崩壊のメッセージの出し方で参考になるのがイギリスだろう。英政府の記者会見のマイク台には「Stay home⇒Protect the NHS⇒Save Lives」(家にいよう⇒NHS(医療)を守ろう⇒命を救おう)が目立つように掲げられる。

 新型コロナウイルス感染症で入院した英ジョンソン首相も演説の中で「献身的な治療と看護をしてくれたNHSによって救われた。NHSを守ろう」と国民に問いかけている。他人事を「自分事」にすること。ひとりひとりの行動が問われる。コロナ危機、医療崩壊を解決する魔法はない。これらを社会に強く語りかけ、「伝わるよう」に伝えることが行政の役割だと考える。

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西澤 真理子  リスク管理・コミュニケーションコンサルタント。リテラジャパン代表。インペリアルカレッジ・ロンドンでPhD(リスク政策・コミュニケーション)。厚生労働省などで委員を務める。福島での原発事故時には福島飯舘村アドバイザー。IAEA(国際原子力機関)パブリックコミュニケーションコンサルタント。著書に『リスクコミュニケーション』(エネルギーフォーラム)など