エンジニア出身のチーム代表は26年ぶり。フェラーリ復活のカギはマネージメント/F1レース関係者紹介(4)

 F1には、シリーズを運営するオーガナイザーを始め、チーム代表、エンジニア、メカニック、デザイナー、そしてドライバーと、膨大な数のスタッフが携わっている。この企画では、そのなかからドライバー以外の役職に就くスタッフを取り上げていく。

 第4回目となる今回取り上げるのは、スクーデリア・フェラーリのチーム代表を務めるマッティア・ビノット。フェラーリにおいてエンジニア出身のチーム代表が誕生するのは久しぶりのこと。エンジニアからの信頼も厚く、3カ国語を操り冷静に業務を遂行するチーム代表をご紹介する。

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 10人いる現在のチーム代表の中で、マッティア・ビノットがほかのチーム代表と異なるのは、彼だけがF1のエンジニア経験者ということだ。

 スイス連邦工科大学のローザンヌ校で機械工学の学士号を取得した後、両親の母国であるイタリアのモデナ・レッジョ・エミリア大学で自動車工学の修士課程を修了し、1995年にスクーデリア・フェラーリ(フェラーリのレース部門)に入社した。

スクーデリア・フェラーリのチーム代表を務めるマッティア・ビノット

 最初に配属されたのは、F1のテストチームのエンジン部門。1997年からレースチームに配属され、エンジンのレースエンジニアとして、エディ・アーバイン、ルーベンス・バリチェロ、ミハエル・シューマッハーの担当を歴任した。

 2005年にエンジン部門のチーフエンジニアに昇格。2010年から2012年まで、チーフ・トラック・エンジニア(サーキットでのエンジニアの中のトップ)を務めた後、2013年は1年間だけトロロッソのエンジン部門のマネージャーを務めた。

 2014年にフェラーリのエンジン部門に戻り、エンジンと電子制御の副ディレクターに就任。2015年からフェラーリ・パワーユニットのリーダーとして、その年からスタートしたマウリツィオ・アリバベーネ体制をサポートしてきた。

元チーム代表のマウリツィオ・アリバベーネ(左)とパワーユニット部門のトップだったビノット(右)

 このように、ビノットはフェラーリ入社後、一貫して内燃機関の技術畑を歩んできたエンジニアだったが、2016年に転機が訪れる。当時フェラーリでテクニカルディレクターを務めていたジェームズ・アリソンの妻が急逝。イギリス出身のアリソンはイギリスに住む残された家族のためにチームを離れる決断を下したのだ。

フェラーリのテクニカルディレクターを務めていたジェームス・アリソン(左)。現在はメルセデスのテクニカルディレクターに就任

 チームの技術的なリーダーがシーズン半ばで離脱するという緊急事態にフェラーリが採った選択は、ビノットを抜擢するという大胆人事だった。さらに2018年末に就任以来タイトルを取り損ね続けていたアリバベーネが事実上解任されると、2019年からチーム代表に就任。ついに、伝統あるスクーデリア・フェラーリのF1部門のトップの座に就いた。

 フェラーリがチーム代表(マネージャー)にエンジニアを起用することは、これが初めてではない。最近では1993年のハーヴェイ・ホスルスウェイト、その前年の1992年にチーム代表を務めていたクラウディオ・ロンバルディもエンジンが専門のエンジニアだった。

 しかしその後、F1はどんどん規模が大きくなり、技術も複雑になっていった。そのため、フェラーリはホスルスウェイト以降のチーム代表には、エンジニア以外の人物を抜擢していった。ジャン・トッドはラリーでの成功を経て、プジョーの監督としてル・マン24時間を制覇した名将であり、ステファノ・ドメニカリは、そのトッド時代のチームマネージャーとして名称を支えた経験を持つ。

 またマルコ・マティアッチはフェラーリの北米部門のマーケティングを担当していたし、前任のアリバベーネもフェラーリのメインスポンサーであるフィリップ・モリスのマーケティング畑出身だった。

 つまりビノットのチーム代表就任は、1993年以来、26年ぶりの技術者出身のチーム代表という異例の人事だった。

 ビノットの特長はスイスのフランス語圏であるローザンヌ出身ということでフランス語のほか、両親の母国語のイタリア語、もちろん英語も流暢に話す。頭の回転が早く論理的で、冷静で失言が少ない。前任のアリバベーネは基本的にイタリア語しか話さず、情熱的で、すぐに感情が顔に出る人物だったから、かなり対照的だといえる。また、ビノットはトッド時代やドメニカリ時代を知るフェラーリの叩き上げという点で、エンジニアからの信頼も厚い。

2019年F1第19戦アメリカGP サーキットを訪れたステファノ・ドメニカリ(左)。ビノットは現在もコミュニケーションを取っている

 その一方で、マネージメントの経験に乏しい。パドックやスターティンググリッド上で話をしている相手も、他チームの代表やマネージメント担当者ではなく、エンジニアというシーンを見かけるのが珍しくない。

グリッドでレッドブルのチーフエンジニアであるポール・モナハン(左)と話すビノット

 エンジニアは技術的な才能が求められるが、チーム代表は政治的な決断を行うのが仕事。もう少しわかりやすく表現すれば、エンジニアはいかに自分がいい開発をするかどうかが問われ、チーム代表はいいエンジニアをいかに集めるかが仕事となる。

 たとえばトッドが行った最高の仕事は、ベネトンからシューマッハとともにロス・ブラウン、ロリー・バーンというエンジニアを引き抜いたことだった。逆にフェラーリを離れたロス・ブラウンは、その後チーム代表としてホンダやメルセデスを率いたものの、期待していたほどの功績が残せなかったのは、目立ったヘッドハンディングを行えなかったからではないだろうか。

 今後、フェラーリが復活できるかどうかは、ビノットが他チームから優秀なエンジニアをどれだけ引っ張ってこれるかどうかにかかっていると言ってもいい。

 ちなみに最近は、ハリー・ポッターを思わせる丸縁メガネがトレードマークとなっているビノットだが、テクニカルディレクター時代は現在のようなまん丸ではなかったように、チーム代表になってから、外見にもこだわるオシャレな一面もある。

現在は丸い眼鏡を使用しているが、テクニカルディレクター時代の2017年には四角い眼鏡を装着していた

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