【消えた選抜からの道4】無人のグラウンドにたなびく横断幕 帯広農・前田監督の胸中

帯広農業のグラウンドには「Let's Try Again」の横断幕が掲げられている(写真は4月8日の練習再開時のもの、現在は再び休止中)【写真:学校提供】

気がかりな選手のメンタル「ノートには前向きな言葉を書いていますが…」

今春のセンバツに21世紀枠で初出場するはずだった帯広農。無人のグラウンドには「Let’s Try Again」の文字が刻まれた横断幕が掲出されている。2度目の休校で再び活動休止を余儀なくされた前田康晴監督(44)に話を聞いた。

農業の教師である指揮官は休校中にも関わらず多忙だ。5月11日の学校再開に備え、例年は農業科学科の生徒と一緒に行っていたメロンやイチゴのビニールハウス設置作業などを手際良くこなしていく。一方で、新入生15人を加えた選手50人に対してのSNSを通じた指導などは敢えて行っていない。「コロナが収束に向かわないと、先の予定が立たない。今はルールを守ってじっとして、収束するのを待とうと決めました」と語る。

グラウンドの外野フェンスに貼られた5メートル×1.8メートルの横断幕は、今月8日の練習再開に合わせて、前田監督が用意したもの。だが、緊急事態宣言の拡大により20日から再び休校になった。この間、練習できたのは6日間だけ。再び静まり返ったグラウンドを見て、前田監督は幅9メートルの横断幕を新たに発注した。「これは小さ過ぎた。今度はもっと大きくして、いつも見えるような場所に台を作ってその上に貼ろうと思います」。そこには事態が良くなるようにと祈るような思いが込められている。

今回の休校前最後のミーティングとなった17日、前田監督は春季北海道十勝支部大会が中止になったことを選手に告げた。「3年生は険しい顔をしていました。ノートには前向きな言葉を書いていますが……。『夏の大会で甲子園を目指すには、大会自体が行われないと、目指すことはできない。まず大会をやるために、みんなでルールを守ろう。おとなしくして、体育館にも行ってはいけないよ』という話をしました」と言う。

自主練習の具体的な指示を出さなかったのは、選手を信頼している証でもある。41日ぶりにも関わらず、今月8日に全体練習を再開した時には「感触は悪くなかった」と言う。選手それぞれが自ら考え、できる範囲で個人練習を継続していたからだ。

センバツ中止決定後は全国から励ましの手紙や贈り物が届く

家業が農業という特徴を生かし、自宅敷地内にあるビニールハウスでティー打撃を行っていた選手も多い。モチベーションや技術の低下といった懸念は不要だった。「(いつ再開しても)個人個人がやっていれば、遅くはない。そこは今回気付かされた部分です。先日学校が始まった時、学校内でのあいさつやグラウンドでの全力疾走も以前と変わっていなかった」と前田監督は誇らしげにうなずいた。

2月下旬以降、苦難が続く。昨年の秋季全道大会で私立3校を破って4強入りし、21世紀枠でセンバツに初選出された。開校100周年に花を添える甲子園出場。だが、全校生徒の前で晴れやかに行われるはずだった2月27日の選抜旗授与式は縮小され、関係者のみで行われた。同日夕、安倍首相が全国の学校に春休みまでの臨時休校を要請し、翌28日には北海道の鈴木知事が緊急事態宣言を出した。事態は一変し、3月11日には史上初のセンバツ中止が決まった。

そのまま他の道立校と同様に春休みが終わるまで部活動は休止。今月3日には春季全道大会、同17日には当初無観客で開催予定だった春季十勝支部大会の中止が相次いで発表された。「アドバンテージがどんどんなくなり、夏のシードもどうなるかわからない。選手はショックかもしれないですが、夏の可能性があるから、何とか保てている部分があるのでしょう」と前田監督は話す。

目標にしていた大会が1つずつ消えていく中、「野球をやりたいという気持ちをしっかり持ち続けられるように」と新たな試合をセッティングした。5月31日に帯広の森野球場で、センバツに北海道地区代表として選ばれていた白樺学園と練習試合を行う。史上初めて十勝支部から2校同時に甲子園出場という夢が消え、涙を飲んだ両校の対決。当初は今月25日に組んでいた予定を再調整した。「この1カ月はそこに向けて頑張ってもらいたいです」と前田監督。選手のために、十勝支部予選が行われる帯広の森野球場を夏の大会までに3回借りることも決めた。

苦境の中、うれしい出来事もあった。センバツ中止決定後、学校に励ましの手紙やタオルなどのプレゼントが全国各地から届いた。学校に差し入れのドリンクを持って来てくれる人もいた。「ありがたかったですね。中止になったけれど、悪いことばかりではなかったです」と前田監督は感謝する。今夏の北北海道大会十勝支部予選は6月27日に開幕する予定。指導者も選手も様々な思いを抱えながら、その日に向けて、1日1日を大切に過ごしている。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)

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