F1 Topic:開幕後の現地取材は禁止か。テレワーク普及後も残る報道の難しさ/レース再開への課題(5)

 まだ正式な発表は4月23日時点で出されていないが、F1はいま7月上旬に予定されているオーストリアGPを第二の開幕戦として、2020年シーズンを再開させる方向で動いているようだ。

 レッドブルのモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコがヨーロッパのメディアに伝えたところによれば、新型コロナウイルス感染症対策のため、グランプリは無観客で行われるという。さらに2週連続での開催となる模様だ。

 その後、F1はイギリスに戻り、再び2連戦が予定されていると言う。もちろん、こちらも無観客での開催だ。新型コロナウイルス感染症が一向に収束の気配を見せておらず、いまだヨーロッパのほとんどの国が大規模イベントを行えない状況にある以上、観客を入れるわけにはいかない。かといって、これ以上イベントを先延ばしにすれば、新型コロナウイルスに感染していなくとも、F1チームが生き残れなくなってしまう。F1としては、確実にレースが行える場所で可能な限り安全にレースを行うという苦渋の選択に迫られている。

 しかし、もし7月上旬からレースが再開されたとしても、そこにはまだ課題が残されていることも忘れてはならない。それは、再開されたF1をだれがどのように伝えるのかという問題だ。

 というのも、再開されるオーストリアGPが行われるレッドブルリンクには、観客だけでなく、一般メディアの立ち入りも禁止して、厳戒態勢で行われることになっているからだ。

 現在のF1のテレビ中継は全戦F1が経営するF1コミュニケーションズという子会社が独占中継しており、彼らは一般のメディアではなく、F1側のスタッフ。つまり、オーストリアGPは彼らだけが取材することになる。

 F1側としては、多額の放映権料を逃さないための苦肉の策だが、F1を伝えているのはテレビだけではない。各国が独自に派遣しているテレビ局のスタッフもいるし、少なくなったがラジオ局もいる。さらに活字媒体として新聞記者や雑誌のライターも多数いる。まだ取材に関する詳細は発表されていないが、テレビ中継以外の情報はかなり限定されることは間違いないだろう。

 もちろん、長引く外出自粛によって、私たちはテレワークを普及させ、遠く離れた場所でもさまざまな通信手段によって、公式な会見やチームの囲み会見も遠隔操作で可能になるかもしれない。しかし、取材というのは必ずしも公式会見や囲みだけで行うものではない。ジャーナリストたちはそれぞれ独自に情報源をパドック内に持っている。彼らには、テレワークでは接触することはできないだろう。

 また、取材というのは取材対象者と話をすることだけではない。言葉を発する時の表情も重要になるし、たとえばマシンのアップデート情報などは、ガレージに行って見なければわからない。

2019年F1第3戦中国GP 決勝レース後記者会見 チームオーダーに関する質問に答えているときの2人のドライバーの表情に注目

 4月22日と23日にフェラーリとイギリスのメディアとの間に起きた誤解も、外出自粛期間中の取材で起きた典型的な事故だったと言ってもいいだろう。

 問題となったのは、イギリスの全国紙『ガーディアン』が4月22日付けで出した記事だった。内容は4月16日(木)にすでに決定している2021年に導入予定の新しい予算制限の上限を、さらに引き下げるための話し合いの内容についてだった。

 当初の予定では2021年は1億7500万ドル(約188億円)となつていたが、世界的なコロナウイルス危機のなか、F1は景気後退に直面しており、これをさらに1億5000万ドル(約162億円)以下に引き下げようとしたが、トップチームが反対。そのひとつがフェラーリだったため、ガーディアン紙の記者がフェラーリのマディア・ビノット代表にインタビューを申し込み、そのコメントを元に記事が作られていた。

 その内容は、要約すれば「これ以上予算が削減されれば、人員カットというさらに大きな大きな犠牲を強いられる。我々はレースがDNAであるため、他のオプションを検討するようなことはしたくない」とビノットが語ったことになっている。さらに「F1はテクノロジーとパフォーマンスの点でモータースポーツの頂点でなければならない。自動車メーカーにとって、この最も権威のあるカテゴリーは魅力的なものでなければならない」とも付け加えている。

 これだけなら、問題にはならなかった。問題となったのは、その見出しだった。

「予算制限がさらに課された場合、フェラーリはF1の将来を再評価しなければならないだろうとビノットが警告」(Ferrari to evaluate F1 future if budget cap imposed, warns Binotto/原文)

 4月23日、フェラーリは広報を通じて、「ガーディアン紙の見出しに乗っていたようなコメントを、ビノットは語っていない」と正式に否定した。

シャルル・ルクレール(フェラーリ)の記者会見。右端に立つ女性がフェラーリの広報担当

 問題は、「予算制限がさらに課された場合、フェラーリはF1の将来を再評価しなければならないだろう」ということをビノットが語ったかのような見出しになっていることだった。もし、見出しがビノットが語った形ではなく、インタビューしたガーディアン紙が「予算制限がさらに課された場合、フェラーリはF1の将来を再評価するかもしれない」と感じたというものであれば、問題はなかっただろう。

 現状を考えると、取材は電話かテレビ会議システムが使われ、記事を書いた記者とその記事をまとめる新聞社のデスク(編集を統括する人)もまたテレワークで作業していた可能性が高い。そうなると、どうしても意思の疎通に欠け、確認作業が疎かになる。今回の一件も、決して新聞社側が故意に犯したものではなく、外出自粛が長引きながらも記事を作り続けなければならないなかで起きた悲劇だったのではないか。

 そして、この状況がさらに長引き、取材ができない状況の中でF1が再開されたとき、その悲劇は再び繰り返されないとも限らない。そのことをメディアもF1側も覚悟したうえで、レース再開方法を熟考してほしい。

 いかに素晴らしいレースであっても、それがきちんとファンに伝わらなければ、F1の魅力もまた伝わらないのだから。

2020年F1開幕戦オーストラリアGP 木曜会見

© 株式会社三栄