投票所とスーパー、「密」なのはどっち?なぜこんな時も選挙があるのか。緊急事態宣言下の投票率を考える

4月7日の緊急事態宣言から「人と人との接触機会の8割削減」を目指して、様々な取組みが行われています。
そのような中、全国各地で今も様々な選挙が行われています。特定警戒都道府県(4月12日は当時緊急事態宣言の対象であった7都府県)の選挙、特に投票率には平時と比べてどのような変化があったのでしょうか。4月12日と19日に投票が行われた選挙を対象に確認してみます。

投票率が1.3倍、投票者が1.9万人増えた選挙も。特定警戒都道府県での首長選挙は6件

投開票日である4月12日に緊急事態宣言の対象であった7都府県及び19日に特定警戒都道府県に指定されている13都道府県では、合計6件の首長選挙で投票が行われました。

図表1_特定警戒都道府県での首長選挙と投票率

それぞれの選挙において前回投票が行われたときの投票率と比べてみると2件で投票率が上昇しています。

現職に新人2人が挑んだ目黒区長選挙は過去3回の選挙と比べると6%程度投票率が上昇しています。過去の選挙に比べて投票率が上昇した背景には、敗れた2人の候補者の得票数を合算すると現職を上回り、2番手となった候補者の惜敗率(得票数を当選者の得票数で割った割合)が89.2%となるなど、白熱した選挙戦であったことが推察されます。
また、太子町長選挙は4選を目指した現職に新人が挑み勝利した選挙となるなど、こちらも選挙戦が盛り上がっていたと考えられる状況でした。

一方、他の4件の首長選挙では、前回投票のあった選挙と比べて坂戸市長選挙(-10.51%)、茨木市長選挙(-0.86%)、大東市長選挙(-4.94%)、木古内町長選挙(-8.04)と投票率が低下しています。

なぜ今、選挙をするの

公職選挙法によって市区町村の長の選挙は任期満了日の前30日以内に実施することが定められています。地方自治体の長を選挙によって選ぶことは、憲法でも保障された大切な権利です。また、任期満了日までに何の手当てもないまま選挙が行われないことになると、任期満了日以降にまちのリーダーが不在となり政治的空白が生じることにもなってしまいます。

そのため、各地の選挙管理委員会は、公職選挙法が規定する通り「天災その他避けることのできない事故により、投票所において、投票を行うことができないとき」以外は工夫を凝らして選挙を実施しています。

地方議会議員の選挙となりますが、昨年9月22日には同月8日から9日にかけて関東各地に記録的な暴風をもたらした令和元年房総半島台風の被災地となった千葉県君津市で市議会議員選挙が行われたという事例もあります。

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緊急事態宣言下での選挙がもたらすリスクは

緊急事態宣言下において、選挙が不要不急の外出にあたらないということは、安倍首相や高市総務大臣が記者会見等で明らかにしています。

では、私たちの大切な1票を投じるために外出する場合、そこにはどの程度健康上のリスクが生じうるのでしょうか。

目黒区長選挙では、選挙当日に54,402人の有権者の方が投票所を訪れ、投票しています。当日設けられた投票所の数は38か所ですので、1か所当たり平均1,432人の方が投票所を訪れたことになります。

投票所の利用者数を他の施設と比べてみましょう。

全国スーパーマーケット協会等の「2019年スーパーマーケット年次統計調査」によるとスーパーマーケットの1日平均客数(平日)は平均が1,911.5人、中央値は1,700人でした。スーパーの営業時間は、平均12.4時間と投票所の開設時間とほぼ変わりません。
また、日本フランチャイズチェーン協会の調査では、セブンイレブンなど加盟する7つのコンビニエンスストアチェーンの全国55,710店での今年3月の来店客数は合計13.6億人でした。こちらも1店舗の1日当たりの来店客数を計算すると平均で786.6人となります。

もちろん、目黒区では選挙管理員会のページにも掲載されているように様々な工夫を凝らしながら投票に訪れる有権者の、また選挙に携わる市職員の安全を守ろうとしています。(ほかの自治体も同様です)
ただし、投票所の広さも施設によって様々です。学校の体育館のように大きなところもあれば、公民館などの会議室を使うこともあります。
皆さんが行ったことのある投票所は、比較対象としたスーパーマーケットやコンビニエンスストアと比べてみたときに広さやその密度はどうだったでしょうか。

間近に迫る巨大選挙 東京都知事選挙

また、東京に暮らす人にはもう1つ懸念されることがあります。
今年は都知事選挙が行われる年であり、すでに6月18日告示、7月5日投開票日の選挙日程が発表されています。

目黒区を例にとると、前回都知事選挙での投票率は59.84%と、今回の区長選挙の約1.8倍となっています。もし期日前投票を利用する人の割合が今回の区長選挙から変わらないと、投票日には約2,570人の有権者がそれぞれの投票所を利用することになります。

スーパーなどの混雑が問題視されることが増えてきていますが、このような投票所の環境は有権者が安心して使用できる場所になるのでしょうか。

コロナとの戦いで、投票する権利を守るためにできることは?

かつて、第二次世界大戦下においても衆議院総選挙が行われたことがあるように、主権者である国民が参政権を行使し、有事であったとしても投票を通じて政治的選好を表明できる機会を得られることは重要なことです。

一方で、機会や場所だけ用意されたとしても、政策や候補者情報などの投票に必要な情報を満足に得ることができなかったり、投票所を安心して利用することができなければ、参政権を行使できる環境にあるというのは難しいのではないでしょうか。

投票の方法についてはエストニアで取り入れられているインターネット投票を待望する意見があります。しかし、エストニアでもインターネット投票は期日前投票に用いられているだけで投票日には投票所での投票も行われています。また、エストニア以外で唯一国政選挙においてインターネット投票を行っていたスイスの複数の州ではセキュリティ上の問題を理由として2019年にインターネット選挙の仕組みが使用停止となりました。待望論の多いインターネット投票も実現に向けては超えなえればならない課題がある状況です。

ネット投票を考える上で知っておきたい理想と現実|投票率向上の切り札になるのか?>>

投票期日の問題はどうでしょうか。目黒区や大東市などのwebサイトでは、任期満了日までに選挙を行わない場合は違法になるとされていることが紹介されています。
過去、任期満了日を越えて選挙を実施した例としては、阪神大震災や東日本大震災における被災自治体の選挙がありますが、この時は特例法を作ることで選挙期日を延期(東日本大震災の際は最大で204日)していました。

報道では、与党幹部が投票日の延期について「今回の感染症はあらかじめ設定した期限の中で収束するか分からず、いつ選挙ができるか決められない中、延期することが法的に可能かどうか議論していく必要がある」旨発言したことが報じられています。
過去、東日本大震災における投票日の延期に関する質問主意書の中で、特例法の下で投票をいつまで延期することができるのかという問いに対し、「公職選挙法に規定はなく、都道府県の選挙管理委員会が投票を適正に行わせることが可能であると判断した時点で、更に期日を定めて投票を行わせるものと考えている。」といった回答がされていたこともありますが、任期満了日を越えた後の選挙を実現するためには立法行為を伴う対応が必要となり、こちらも多くの労力が求められます。

政治指導者と共に危機を乗り切っていくためにできることは?

投票率に着目してみると、特定警戒都道府県においても、少なくない有権者の方が投票に出向いていることがわかりました。一方で、過去の投票率と比較するとやむを得ず投票を断念した方がいらっしゃる可能性も否定できません。また、この非常事態に選挙どころではない、と感じている人もいらっしゃるのではないでしょうか。

戦争状態にあると例えられることもある新型コロナウィルスとの戦いの中で、危機を乗り切っていくためには有権者からの政治指導者への信頼も非常に重要になります。
日々様々な社会的課題が取り上げられていますが、不要不急ではない選挙を続けていくのならば憲法に保障された権利である参政権が適切に行使できる環境を整備していくことも求められます。

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