千葉で生きるアイヌの古老が伝えるもの  80歳超え、各地で講演会

 アイヌ民族って北海道に住んでるんでしょ? いえいえ、北海道だけじゃありません。

 政府は2011年に、北海道外のアイヌ318人を対象に生活実態を調査し、210人から回答を得た。居住地域は関東137人、中部38人、近畿14人など全国各地域の25都府県。1988年の東京都の調査でも、都内に2700人が住んでいると推計された。いずれの調査も実態を正確に把握できておらず人数はさらに多いという指摘がある。

 (注:25都府県は青森、岩手、宮城、山形、茨城、栃木、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、石川、山梨、長野、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、岡山、広島、香川、愛媛、長崎、沖縄)

 千葉県木更津市の浦川治造さん(81)もその1人。北海道を40代半ばで離れ、関東に移り住んで35年以上。冗談っぽく笑いながら「逃げたアイヌと思われてるかもな」。それでも民族の心を伝えようと、各地に出向いて講演会を開くなどしている。傘寿を超えても活動を続けるわけとは―。(共同通信=石嶋大裕)

周囲からエカシと呼ばれるアイヌの浦川治造さん=千葉県木更津市

 浦川さんは1938(昭和13)年、北海道浦河町の農家に生まれた。太平洋に注ぐ二級河川「元浦川」沿いの集落「姉茶(あねちゃ)」。アイヌ文化が色濃く残る土地だ。

 子どもの頃、父は冬になると民族伝統の狩りに出かけた。猟銃を背負って雪山に分け入り、集めた細い木を3本、三角すいの形に立てる。それを松の枝で覆って小屋にする。これを拠点に、一度入ると1週間、山にこもり、丸太と針金の輪でこしらえたわなを仕掛けてテンを捕った。はいだ毛皮を町に持って行き、「皮買い」に売って生活費を稼ぐ。浦川さんも皮はぎや鉄砲玉の精製を手伝った。3匹捕れれば家族が一冬を越せたという。

 母は家に来る知人や親戚とよくアイヌの言葉で古い物語を語り合っていて、子どものころは何をしゃべっているのか分かった。近所にまだ口の周りに伝統の入れ墨をした女性がいた時代。両親は「アイヌ語をしゃべると差別される」と教えてくれなかった。それでも、浦川さんは「トランネカムイ」(怠け者)や「イペルスイ」(おなかがすいた)という言葉を今も覚えている。「アイヌに興味はなかったよ。周りはみんなアイヌだから。それが当たり前なんだよ」

 興味を持たなかったのは、生活が苦しかったこともあった。父が体を壊し、農家の仕事ができなくなった。中学から学校に行かずに田んぼや畑に出て働いた。「たまに学校に行ったけど、周りが何してるのか分からなかったな」。読み書きはちゃんとできなかった。でも車やバイクの修理、工事現場の仕事を一人前にこなした。だから、小学生のときには「あ、イヌ」と石をぶつけられたこともあったが、それ以降、アイヌを理由に差別されることもなかった。

 30代までは山で木を切る仕事をしたり、重機の運転をしたりして暮らした。1983(昭和58)年、山仕事が少なくなり職を求めて東京へ。北海道で磨いた土木工事の腕だけを頼りに、見知らぬ土地に飛び込んだ。車中泊などで毎日をやり過ごし、ある日、工事会社に飛び入りで直談判して仕事にありついた。

 87年に転機が訪れた。アイヌらの団体「関東ウタリ会」に誘われ、軽い気持ちで応じるといきなり会長に抜てきされた。これが「興味はなかった」ルーツを真剣に考えるようになるきっかけに。それからは民族の復権や法の制定を求めて国や自治体に陳情を重ねた。関東に伝統家屋「チセ」や丸木舟「チプ」を作って昔ながらの生活様式を知ってもらうことにも心血を注いだ。

 その姿を見てきた50代の娘2人は東京でアイヌの刺しゅうを教えるなど熱心に文化を残そうとしている。

 「血っていうのはすごいもんだな」

 自らの情熱もなお冷めることはない。

 「おれは日本に住む日本人。アイヌでもある。日本にいるのは一つの民族じゃない。足が動く間はアイヌの心を伝え続けるんだ」

 今、周囲は敬意を込め浦川さんをエカシ(古老)と呼ぶ。

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