「見えぬ敵、この国に問う」勝海舟・玄孫が語る 髙山みな子さん 新型コロナウイルスに思う

4月29日、昭和の日。

勝海舟(髙山みな子さん所蔵)

 昭和から二代をさかのぼる明治維新へ突入する直前、ただの漁村であった神戸に、港町としてのポテンシャルを見い出した人物がいた。勝 海舟(1823~1899)。神戸海軍操練所は1864年に海舟の進言で設置される。
 戊辰戦争の際に西郷隆盛と協議して江戸無血開城に導いた幕臣・海舟は、明治維新後も新政府で要職を歴任。

 今年は海舟が乗った「咸臨丸」が品川を出航、太平洋を渡りサンフランシスコに入港して160年を迎える。

神戸海軍操練所跡(神戸市中央区)。海舟は神戸の潜在能力を見出していた

 4月1日、安倍晋三首相は新型コロナウイルスの感染拡大について「日本が戦後、経験したことのない国難ともいえる状況だ」と言及。

 昭和から時代はめぐり、二代のちの令和。この国難にどう立ち向かうのか。海舟の玄孫・髙山みな子さんに「新型コロナ・見えぬ敵が我々に問うもの」を聞いた。

■日本人の良識、良心、思考力が試されている

 私は神奈川県鎌倉市に住んでいるが、いまだに県外ナンバーの車がやってくる。「自分は大丈夫」意識がまだ抜けていないのではないか。
 国や首長が言うから他府県との往来を自粛するのではない。SNSをはじめ、これだけ情報収集ができる時代なのだから専門家が発する意見を見聞したり自分で調べ自ら判断すれば、今どういう行動をとるべきかは自明の理であろう。
 また大阪・兵庫・東京など大都市圏で休業自粛に応じないパチンコ店について自治体が名前を公表する・しないことへの議論もあるが、公表自体あまり効果がない。店側がブランドイメージが気になって晒し者になるのが嫌ならとっくに休業しているはず。
もっと問題なのはいまだにパチンコ店に行く「人」のほうだ。国や首長に言われたから自粛するのではなく「考えて判断する」ことが大切。
開店を待つ人々は「家にいて暇でやることないから来た」と少しも悪びれない。これだけ外出自粛が叫ばれているのに。そこで感染してあちこち歩き回ることで、どれだけ社会や国の日常を取り戻すための足を引っ張るか。
自分の行動が誰にどんな影響を及ぼすか考えることをしない人、考える力のない人が増えたのは由々しきことと感じる。
 会社、店舗など動かしていないと経営が成り立たないというのもわかる。しかし新型コロナウィルスが終息しなければもっと大きな痛手を被ることになるのだ。それをわかっていても心配で止めることができない。それが人の心というものだ。

髙山みな子さん 海舟や海舟ゆかりの地、人物などについて講演を続ける

■国民の危機感と政治家の決断力・実行力

 ごく一般的な国民の「頑張らなきゃ、我慢しなきゃいけない。わかっているけど心配なんだ」という揺れる心・不安な気持ちを治めるのが政治の役割だ。政治家の仕事だ。
 東京都はお金があるからできるけど、他府県であるウチはお金がないからできないなどと、首長が他所の自治体と自分たちを比べてどうしようというのだろう?「ないからできない」というのは簡単だ。
しかしただでさえ不安な中で過ごしている市民に向かって首長が当然のように言うことが適当なことなのだろうか。

 お金がないななら工夫しかない。例えば年度末になると皆が首を傾げる道路工事を延期するなり、市民が「不要不急」の外出を控えるように「不要不急」の施策はしばらく棚上げにする思い切った決定をし、困窮する人々、事業者への援助費用を捻出すればいい。

■政府にスピード感なく「国民に気の緩み」

 1人10万円が一律に支給されることになった。もっと早く支給されていれば(4月の時点でまだ支給されていないが)、国民は「いざという時、政府は責任を持って我々の面倒をみてくれる」と信じることができたかも知れない。

 やれ個人の自己申請だ、首長や議員は受け取らないなどと言ってる間に人心は政府から離れていく。
 政府が決定に時間をかけているので一部の国民に「ゆっくりでも平気なんだ」という気の緩みが伝わってしまった。給付日も決まらずもたもたしているうちに国民は疑心暗鬼、やっぱり自分で稼いでおかないと不安だ、ということになりズルズルと休業できなくなってしまった。

 「一律10万円給付」の是非が問い質されたが、施政者はそこでおたおたしてはいけない。自分は不要だと思う人は後から返納すればよく、まず困っている人や場所にすぐ届け少しでも不安を軽減することこそ大切である。
 申請書を取り寄せて煩雑(であろうと推測)な書類に記入して提出することになれば、それを審査せねばならず(そもそも審査しないなら申請書は不要なわけだし)、膨大な数の申請書の内容がいちいち正しいか妥当かなんて調査していたら時間だけがいたずらに過ぎていく。お金がいつまでも入らないことで行き詰まる人はますます増える。

 今後の税制についても、いっそ生活の再建具合により納税猶予、コツコツでも払えるなら納税期間が長くなってもいいのではないか。もちろん追徴金など付けずにである。次の世代を苦しめないために細く長くでも納税していくというのはアリではないかと思う。

■「やり口手ぬるい、むごたらしい」~氷川清話から

 ~勝海舟には晩年、自身の来歴や人物評などを赤坂・氷川の自宅で縦横無尽に語った時事談話集がある。『氷川清話(ひかわせいわ)』。痛烈な時局批判もある。歯に衣着せぬ表現が小気味良い~

『氷川清話』明治31年(1898)ごろ刊行。海舟と交友があったジャーナリスト・徳富蘇峰が序文を記した。(髙山みな子さん所蔵) 

 ここで明治29年(1896)年、東北で起きた津波被害に触れ「今では騒ぎばかり大きくて、ぐずぐずしているうちには、死ななくもよい怪我人(今は感染者のことか)も死ぬし、飢渇者もみんな死んでしまうよ。つまりやり口が手ぬるいからの事だ。何とむごたらしいじゃないか」と語っている。

 政治家が重箱の隅をつついて施策を決められないうちに人心は政府から離れてしまった。政治家は重箱の隅を見つめるのではなく、今どんな重箱が必要とされているのか、いくつ必要なのか、それをどこに一番先に届けるべきか大局を見るべきだった。そして今回は即決断即実行が必要だった。

 海舟は「3ヶ年も5ヶ年も、つまり被害の具合次第で納税を年賦にしてごくゆるくしてやるのだ。一方では怪我人や飢渇者を助け、他方では年貢をゆるめるから、被害の窮民はよろこんで業(仕事)につくようになるものだよ。こうなれば、もうしめたもので、安心さ。」とも語る。

 これは明治維新から約30年後、今から124年前の事であり、津波ではなく新型コロナウィルスという感染力の非常に強い疫病に置き換えても、得られるヒントはいくつかあると思う。

■「ぐずぐず」でなく「どんどん」

 これまでにも非常に感染力の強い病気はあった。近いところでSARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ。いまさら遅いがもっと緊急事態を想定して「備え」ておくべきだった。
非常事態には初動をいかに早く的確にできる事が必要で、「ぐずぐず」対処していては駄目。「どんどん」対処していくスピードが肝心だとも言っている。

 江戸幕府に進言した海舟が生きていたら30万円だの10万円だの、支援金の給付について「いくらだってどういう方法だっていいじゃないか、形もメンツも関係ない、とにかく早く国民の手元に届けるのが肝心だよ! 国民は困っているんだよ!」と霞ヶ関で叱咤したのではないかと思う。

 また海舟なら今回、この様な疫病が出た場合の中核病院、一時待機宿泊所など決めておく事が肝心だと言うと思う。「だってお前さん、備えあれば憂いなしって言うじゃあないか」と地図を拡げて印でもつけるのではないか。

 そして今回の教訓を細かくノートに書いて、次にこのような事が起こった場合にサッと対処できるようにマニュアルを作ると思う。これは海舟が長崎海軍伝習所でとっていたノートやその他のメモ書き、江戸時代の日記など見ていて私が想像することだ。海舟は明治時代になっても使い古しの紙の余白にあれやこれやメモを書いていた。

海舟は数々のメモを残した(髙山みな子さん所蔵)

 ■「ポスト・コロナ」血の通う経済にするには?

 最後に私から一つ提案。キャッシュレス5%還元をあと半年か1年続けたらどうだろうか。マイナポイントでは上限5000ポイント、つまり5000円しか付与されない。今、海舟が生きていたらこう言うだろう「お前さん、ケチケチしないであと何ヶ月か続けてやりゃあいいじゃないか、みんなそのキャッシュレスとやらで買い物すると得だって分かれば世の中こんなことになっちまったんだ、今までキャッシュレスなんて嫌だと言ってた人たちもここでちょっと使ってみるかって気にもなるもんだエ、お上のキャッシュレス化政策も一歩先に進むし国民も5%節約できて少しは財布の紐も緩むってものヨ、そしたら消費も回復、経済にも血が通い始めるってものサ」と。
今までキャッスレスはちょっとと二の足を踏んでいた人も今回のことでキャッシュレスについて見直すかもしれない。国のキャッシュレス化政策をまた一歩先に進めることができるかもしれない。我々も5%節約できて少し財布の紐も緩む・・・小さな歩みかもしれないが消費回復、経済回復に寄与できるかもしれない。

≪こうやま・みなこ≫
坂本竜馬と勝海舟が出会った百年後、神奈川県鎌倉市に生まれる。
慶應義塾大学文学部卒。会社秘書を経てフリーランスのライター。海舟や海舟ゆかりの地や人物などについて研究、著述、講演を続けている。現在はガラス彫刻の工房も開いている。
海舟の三女・逸子のひ孫にあたる。逸子は専修大学の創立者、目賀田種太郎に嫁いだ。

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