解雇選手の嘆き「感染したくなかった」 コロナ禍でも観客を入れて開催のニカラグア野球の現状

ニカラグアのリバスにあるヤミル・リオス・スタジアム(18年1月撮影)【写真:福岡吉央】

国内リーグ戦う21歳の内野手「家族に移したくない」

世界中がコロナ禍の中、台湾でプロ野球が無観客で始まったが、中米には世界で唯一、観客を入れ、通常通りプロ野球を開催している国がある。ニカラグアだ。同国では26日現在、政府が発表している新型コロナウイルス感染者は13人、死者3人。政府は他国のように外出制限などは設けておらず、球場でマスクをしている観客もまばらだ。そんな中、感染を恐れ、出場を拒否した選手が1年間の出場停止処分を受けた。野球が国技で、WBSC世界ランキング15位。来年のWBCで初の本戦出場を目指すニカラグアの国内リーグの実情に迫った。

96年のアトランタ五輪で4位になるなど、中米の野球大国として知られるニカラグア。同国はメジャーで245勝を挙げ、完全試合も達成している英雄、デニス・マルティネスや、13年にソフトバンクでプレーし、メジャーでも108勝を挙げているビセンテ・パディージャをはじめ、これまで15人以上のメジャーリーガーを輩出している。WBC本戦とプレミア12の出場はこれまでないが、出場国が16から20に増える来年のWBC本戦への初出場が目標だ。代表チームは定期的にキューバと親善試合を行うなど、強化を図っている。2月に同国で行われたU-23W杯のアメリカ大陸予選も、国内のリーグ戦を一時ストップする力の入れようで、本戦出場も決めた。3月に米国で開催予定だったWBCの予選は延期となったが、国内の野球熱はまだまだ冷めてはいない。

現在、ニカラグアで行われているのは、同国の革命家の名前を冠した「リーガ・ヘルマン・ポマレス・オルドニェス」と呼ばれる夏のリーグだ。18チームで行われるリーグでは、ニカラグア人とニカラグア在住の外国人選手がプレーできる。今年のリーグは1月末に開幕し、1次ラウンドで18チームから12チーム、2次ラウンドで12チームから8チームに絞り、準々決勝から始まるプレーオフが8月上旬まで行われる。試合は2次ラウンドまでは金、土、日曜のみの週3日開催。4月上旬に1次ラウンドが終了し、現在は2次ラウンドの序盤だ。

助っ人の外国人選手も加え、4チームによって争われる期間の短いウインターリーグと比べ、夏のリーグのレベルは落ちる。かつてメジャー傘下でプレーした選手らが主力を務めており、あるメジャー関係者は「ルーキーリーグとシングルAの間くらいのレベル」と明かす。そしてリーグは実質、国によって運営されており、選手たちはキューバのように国から給料をもらう公務員のような形でプレーしている。

国内リーグでは若手を育成するためのルールも設けられており、ベンチ入り25人のうち、27歳以上の選手の登録は10人まで。24歳から26歳を最低7人、23歳以下の選手を最低8人登録しなければならず、スタメンには24歳から26歳の選手を最低3人、23歳以下の選手を最低3人起用しなければならない。代表チームを強化するための、将来を見据えた策だ。

ニカラグアは、かつて革命政権を樹立し、07年に2度目の大統領に就任して以来、14年に渡って今もトップの座に居続けるダニエル・オルテガの長期政権が続いている国だ。かつては革命の英雄だったオルテガだが、現在は権力を強め、独裁者として君臨しており、報道の自由度も低い。

そして今回のコロナ禍では、政府はこれまでほかのラテンアメリカ諸国のように、不要不急の外出を制限するなどの目立った対策は行っていない。それどころか、オルテガ大統領は3月中旬から約1か月間、公の場に一切姿を見せなかったため、病気や死亡説も流れたほどだ。地元メディア「コンフィデンシア」は、政府が入国審査官を含めた空港職員に対し、利用客の不安を煽らないようにするためにマスクや手袋の使用を禁じていたことを報じた。乗客の体温を測る検査官さえも、何も付けずノーガードの状態だったという。

国はナショナルフラッグを持たず、現時点では他国からの空の便もなくなり、隣国のコスタリカ、ホンジュラスが陸路での国境を閉鎖しているため、結果的に事実上の鎖国状態となっているが、国内では感染拡大を警戒する世界の流れとは全く逆の対応が目立つ。一方、海外発のコロナ関連のニュースを見ている国民たちの中には、政府からの指示を待たず、自ら外出を自粛する人も増えている。

1年間の出場停止処分を受けたロビン・セレドン【写真:本人提供】

3月下旬に衝撃的なニュース、感染拡大を恐れて登録抹消を願い出たところ、チームから下された判断は…

こうした中、3月下旬にある衝撃的なニュースが国内外に発信された。自身や家族への感染を心配し、出場選手登録抹消を願い出た同リーグの選手が、リーグから1年間の出場停止処分を受け、チームを解雇されたのだ。同リーグでは選手がチームでの出場を放棄した場合、1回目は1年間の出場停止処分、2回目は無期限の出場停止処分を課されるという規則がある。

出場停止処分を受けたのは、ブルマス・デ・ヒノテガに所属するロビン・セレドン内野手だった。プロ4年目で21歳の同選手は、出場停止処分を受けるまで、同チームの三塁手として今季19試合に出場。打率は.281だった。地元紙「ラ・プレンサ」によると、昨年までの3年間の打率は.111、.200、.245と徐々に上昇しており、4年目の今年、レギュラー格として急成長を遂げた矢先の処分だった。サラリーは月6500コルドバ(約2万円)だったという。

セレドンは当時をこう振り返る。「報道されたことは事実だ。感染するのが怖かったので、試合に出たくないから抹消してほしいと言った。もちろん、選手たちは皆、手を洗うなどして感染しないように心がけているが、それでも感染するのでないかと思ったんだ。でも、そう思っていたのは自分だけだったので、個人的にチームに話をした。自分も感染したくないし、家族にも移したくなかかった」

リーグの客入り具合は試合によってまちまちで、スタンドがほぼ満席の球場もあれば閑古鳥が鳴いている球場もある。だが、どの球場でも、マスクをしている客は1割未満で数えるほどしかいない。セレドンは「今、マスクはほとんど売っておらず、入手は困難な状態。ほとんどの選手たちは(出場自粛による)出場停止処分を受けたくないと思っているし、予防に対してもそこまで神経質になっていない」と、実情を明かした。そして、自身の決断について、こう加えた。

「政府に対する質問には答えたくない。それぞれ思っていることは違うし、自分の健康は自分で守るしかない。野球を続けるのかどうかは、各自で決断すればいいと思う。皆がそう思ってくれていればよかったが、そうではなかったので自分で決断した。他国では多くの人が感染しており、亡くなっているニュースも見ている。野球はまた来年、プレーできればいい。でも、もう彼らとは一緒にやりたいとは思わないけどね」

このニュースは地元ニカラグアではどう受け止められているのだろうか。別のチームに所属するある選手は、匿名で口を開いた。

「彼はチームのレギュラーではなく、ほとんど試合に出ていなかった。だから、単に実力不足で戦力外になったという説明をチームから受けた。感染が怖くて出場辞退を願い出たとは聞いていない。あの報道は、反政府の立場を貫くメディアが書いた嘘だ」

コロナ禍でプレーを続けることについては「グラウンド外ではマスクや手洗いをし、感染しないよう、家族とともにしっかり気をつけている。野球をすることで感染してしまうのではないかという恐れはない。打者と捕手の距離もそこまで近い訳ではない。ニカラグアは幸い、感染者数も少ないし、できる限りのケアもしている。神様が守ってくれると信じているよ」と答えた。そしてこう言った。「私は反政府の立場ではないし、政府の良し悪しを言うつもりはない。彼らは必要なことがあれば動いてくれるだろうし、愚かなことは何もしていない。批判しているのはバカな奴らだけで、そうでない人たちは政府がやっていることを理解している」。

選手の激白に地元メディアは「正しい判断」と決断を尊重

社会主義色の強い独裁政権下のニカラグアでは、18年に社会保障制度改革を発端とし、オルテガ政権に反対する学生らが軍や警察から弾圧を受け、数百人が命を失ったと言われている。そして当時、発表された死者の数は政府と現地の調査団体で大きく異なった。今回のコロナ禍でも同じ現象が起きており、感染者数13人、死者3人(26日現在)という数字に対し、地元の市民団体は24日の時点で国内の感染者数は316人、死者は44人と発表している。ちなみに、隣国のコスタリカでは26日現在、感染者数697人、死者6人、ホンジュラスでは感染者数702人、死者64人だ(いずれも政府発表)。地元紙「ラ・プレンサ」によると、今回のコロナ禍を受け、選手たちからリーグに対し、会議を開き、直ちに試合を中止するよう求める声も出たというが、試合は継続されている。

ニカラグアに住むある野球ファンの男性は言う。「今、国内は、公立の学校はやっているが、私立の学校は閉まっている状態。マスクの値段も非常に高い。セマナサンタ(聖週間)の時も、政府は各地の祭りなどのイベントに積極的に参加するように促していたが、国民は感染を恐れて外出を自粛した。国内を旅行する人も減ったし、野球を見に行く人も去年よりも減っている。自分も感染したくないから、今年はまだ球場には行っていない。そして野球は各チームのトップが政府の人間なので、選手たちは新型コロナウイルスのことに関しては(制裁を受けないように)気をつけて話さないといけない状況に置かれている」。

今回、セレドンの出場停止処分について第1報を報じた地元メディア「アクシオン・デポルティーバ・ヒノテガ」のSNSには「選手が健康でなければ野球の試合は成り立たない」、「正しい決断。リーグは直ちに中断しなければならない」、「選手全員が彼と同じ決断をすべきだ」など、彼の決断を支持するファンのコメントが多く寄せられた。一方で「野球をすることが彼らの仕事だ。職場を放棄すべきではない」という意見もあった。それと同時に「誰もが感染を気にすることなく、普通に野球が楽しめる日が来ることを願っている」という書き込みもあった。

同リーグでは土日は各1試合のテレビ中継があり、SNS上でもライブ配信されており、自宅で画面を通じて野球を観戦しているファンもいる。7試合制のプレーオフ・ファイナルが終わるのは8月5日。コロナ禍における試合の通常開催について、ニカラグア国内でも受け止め方は様々だが、この先も約3か月に渡り、リーグの試合は続いていく。(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)

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