『100日後に死ぬワニ』きくちゆうき著 命があるっていうことは

 世間がワニワニ騒がしかったのはいつの頃だったか。今やコロナコロナと騒がしくって、なんだか随分昔のことみたい。SNSでバズりまくっていた当時、その波に乗り遅れてしまった私は、世間のほとぼりが若干冷め書籍が発売された今、こっそりそれを手に取りしれっと遅れを取り戻すことにした。

 漫画家のきくちゆうきが、自身のTwitterに投稿した漫画を一冊にまとめた本書。2019年12月12日から始まった(らしい)この物語は、1日1話ずつ更新され、主人公のワニが死ぬまでの100日をカウントダウンする形で進んでいった(んだって)。本書は100日間の本編に加え、0日目や100日後の後日譚の描き下ろしが加わった一冊となっている。

 カフェでバイトするワニの日常は、職場の先輩に片思いしたり、友達のネズミとラーメンを食べたり、田舎のお母さんと電話したり、電車でおじいさんに席を譲ったり、部屋でゲームをしたり、テレビを観たり、何もしないで一日が終わったり、よくある、普通の、見覚えのある景色ばかり。4コマ形式で描かれる物語はオチさえないことも多いのだが、1話が終わるとそこには「死まであと◯日」と記されている。つまり読み手はワニののどかで平和な日々の終わりに、毎回その文字を目にするのだ。「オチ」として。そして100日後、物語は静かに、突然、あっけなく終わりを告げる。

 印象的だったのはワニが死んでからの後日譚。友達も、先輩も、田舎の両親も、同僚も、いつもと同じように見える日常を送っている。ありふれた日々はけれど何かが違って、それはワニがいないっていうこと。彼らの暮らしの景色には、ワニの形の空洞がぽっかり空いていて、それを埋められないことの純粋な寂しさが、悲しみが、まっすぐに伝わってくる。

 今年は桜を見られなかった。これから世界は大恐慌のときよりもっともっとひどい不況になるだろうってニュースが言ってる。友達から先行きが不安だと連絡が来て、私だってこれからどうなるかわからない。挙げ句の果てには父親と、こんな時に嗜好品だけを求めスーパーに行って、急ぎじゃない用事で家に人を上げるなんて頭おかしいという理由でしばらく口を利いていない。でも私には、命があって、今のところ。生きていかなくちゃいけないって思うと不安に飲まれそうだけど、命があるっていうのはそれだけで希望。

 この漫画が始まった去年の12月12日は、満月だったらしい。梅宮辰夫さんが亡くなった日で、その年を表す「今年の漢字」が「令」に決まった日だった。東京五輪のマラソンの開催場所とか、まだニュースでやってたはず。あれから遠くに来てしまったように思えるけど、でも私にはまだ希望がある。それはもちろん、これを読んでいるあなたにも。遅れて乗っかったブームの漫画は、今しかないんじゃないかという最高のタイミングで、ごくごく単純なことを教えてくれた。

(小学館 1000円+税)=アリー・マントワネット

© 一般社団法人共同通信社