伊藤銀次の80s:画期的デジタル機材! DX7 と TR-909 が登場した新しい時代 1984年 7月21日 伊藤銀次のアルバム「BEAT CITY」がリリースされた日

バグルス、クラフトワーク、YMO に始まった “打ち込み音楽” の洗礼

2020年の今でこそ、僕の曲作りや編曲には、Mac Book Pro の中にインストールされたスタインバーグ社の音楽制作ソフト、キューベースは欠かせない存在となっているけれど、70年代には、まさか将来自分がコンピューターを操って音楽制作するなどとは、思っても見なかったものだ。

もともとギタリストの僕は、もちろんピアノはまったく弾けず、作曲依頼を受けた曲や自分用の曲のデモは、もっぱらカセットテープにギターの伴奏で録音、そしてレコーディングのための編曲はすべて頭の中で描いては譜面に起こすというような、典型的なアナログミュージシャンだった。

そんな僕が、80年代に入って、バグルスやクラフトワーク、YMO に始まった、新しい “打ち込み音楽” の洗礼を受けているうちに、少しでもこの流れに参加していきたい気持ちが強くなりだした。

ありがたいことに、当時の僕のレコーディングまわりには、松武秀樹さんなどの打ち込みに長ける優れたマニピュレーターがいてくれて、僕の頭に中に流れているサウンドを数値に置き換えて形にしてくださっていた。その点ではなにも問題なかったけれど、その作業ぶりを横で眺めていると、僕の中の好奇心がむくむく頭をもたげてきて、このデジタルな世界への憧れが日に日に大きくなっていくのを感じていたのである。

ただ当時の打ち込みは今日のようなコンピューターの大きな画面での作業ではなく、ほんとに小さな液晶画面に出てくる数値での入力だったので、さすがに僕にはできそうもない気がしていた。さらに、シンセもその都度音作りしなければならないアナログシンセサイザーしかなかったので「う~んどうしたもんか…」と手をこまねいていた。

まさに画期的! YAMAHA「DX7」、Roland「TR-909」の登場

そんな1983年、あれはアルバム『WINTER WONDER LAND』の制作の頃だったか、ヤマハからDX7という、画期的なシンセが発売された。なんとカセットを取り付けるだけで、プリセットされた様々な音源を使って演奏することができるデジタルシンセサイザー!!

そして同じ頃、ローランド社から、これまた画期的なドラムマシーン、TR-909が発売された。

これは、俗に “ヤオヤ” と呼ばれたTR-808の後継機で、マシンを走らせながら、1小節を16に分けたボタンを押すだけで、ドラムの各パーツを入力して簡単にリズムパターンを作ることができる優れもの。もちろん生のドラムとは音の質感が違うけれど、クラップもついてて、当時としてはそんな贅沢は言えたもんじゃない。

その2台がウチにやってきたらさっそく試し運転。

当時僕のお気に入りだったトンプソン・ツインズの「ホールド・ミー・ナウ」やハワード・ジョーンズの「ニュー・ソング」などの各パーツをコピーして、いっしょに購入したティアックの4チャンネルのテレコに録音していったのである。今思い出してもこの時の興奮は忘れられない。僕のデジタルライフ幼稚園への入園といったところかな。

ちょうど折から次のアルバムはロサンゼルスでレコーディングしようとなったので、「よ~し!それでは!」と、新たに仕入れた新兵器でデモを作ることに。

最初に生まれた曲は「彼女のミステイク」今までとは違う新しい息吹

それまでのギターでの作曲では、ドラムを頭の中に描きながらだったのが、リズムパターンをその場で作って実際に聞きながらなので臨場感がすごい。ドラムを流しながらDX7のシンセベースを手弾きで弾いて録音していく。

そうして最初に生まれた曲が、1984年に LA で録音した『BEAT CITY』の冒頭を飾る「彼女のミステイク」なのだった。音楽環境が変わっただけで出てくるフレーズが今までとは異なった新しい息吹をもっているのが嬉しかったね。ついに僕も次の時代に突入できたような気がした。

その後、僕が本格的にデジタルミュージックに参入することになるのはマッキントッシュ Ⅱci と出会う90年代。当時、Ⅱci はなんと70万円くらいもしたので、まさに清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気がいったけど、今振り返ると、そこでも躊躇せずに飛び込んでおいてよかった。その後のポップミュージックの流れの中に僕がまだいることができてるのはそのおかげだと思うね。

ちなみに、DX7は壊れてしまったけれど、TR-909はまだ健在。そしてなんと80年代後半になってハウスミュージックシーンで再びTR-909が使われるようになってまた脚光を浴びたせいか、キューベースなどの音源に909の音も取り込まれている。だから909本体のほうはすっかりもう出番がなくなったけれど、僕にとってはなんといっても “名誉楽器” とも言える存在。大事に、大事に、ウチに飾ってあります。

カタリベ: 伊藤銀次

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