「補償」めぐり報道に噛みついた厚労省、お門違いの理由

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 4月12日、厚生労働省がツイッターで報道に噛みついた。国の休業要請をめぐり「補償なき休業要請」と評した記事に対して「事実ではない」と、6回の投稿に分けて反論を繰り広げたのだ。しかし、労働問題に関わる専門家からは、この投稿に疑問や批判の声が上がる。「ブラック企業」などの著書があり、労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」の今野晴貴代表に、現場から上がる悲鳴と、応え切れていない政策の限界について解説してもらった。

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■企業には休業手当の支払い義務があるのに、生活不安を抱える理由

 改正特別措置法の緊急事態宣言の発令から3週間以上が過ぎたが、事態は収束せず、5月末までの延長が決まった。国からの協力依頼や要請に従って多くの企業が営業を自粛しており、労働者は休業を余儀なくされている。

 労働基準法には、労働者の最低生活を保障することを目的に、休業手当の支払義務が定められているにもかかわらず、収入が途絶え、生活に不安を抱えている人も少なくない。理由は後で説明するが、現実には、これを支払わない企業が多いためだ。

 

■「補償なき休業要請」

 諸外国で実施されている大胆な所得保障政策と比較すると、日本における対策は不十分といわざるを得ない。「補償なき休業要請」との批判も根強い。

 ところが、厚労省はこうした批判は正しくないとする。公式ツイッターにおいて「ヤフーニュースなど、インターネットニュースサイトで、『補償なき休業要請』との報道があり、外出自粛や出勤者の最低7割減は、休業補償がないと不可能だと報じられていますが、正確ではありません」などと、異例の反論を展開している。

 

■貼られたレッテル、厚労省が覆せぬ現実

 確かに、企業が支払う休業手当や賃金の一部を国が助成する雇用調整助成金の特例措置など、企業による休業補償を促進する施策が外形的には講じられている。

 しかし、現実には「休業手当が支払われない」、「会社が助成金を申請してくれない」といった労働相談が相次いでいる。新型コロナウイルスに関連するPOSSEおよび関連団体への相談は、3日までに1470件を超えた。雇用調整助成金は十分に機能しておらず、とても「補償なき休業要請」のレッテルを覆すものとはいえない。

 

■「知らない」のではなく「使えない・使われない」

 「補償なき休業要請」と批判している人の多くは、雇用調整助成金等の制度を知らないわけではなく「制度が使われない」という内実を問題視している。多くの場合、制度の存在を知っているにもかかわらず、様々な事情により、企業が申請を断念しているのだ。

 

■後を絶たぬ解雇

 例えば、支給額には上限があり(対象労働者1人1日当たり8,330円。西村康稔経済再生担当相は3日、引き上げの検討を表明した)、上限額を上回って休業手当を支払った場合には、企業が負担しなければならない。また、申請には多くの書類が必要とされ、資金繰りに奔走する中小企業の経営者が準備するのは容易ではない。企業によっては、法律で定められた賃金台帳等の書類を整備しておらず、申請を諦めるケースもある。さらに、申請後の審査が完了し、実際に支給されるまでに相当な時間がかかることもネックになっている。

 こうした事情から、助成金を活用せずに解雇に踏み切る企業が後を絶たない。退職勧奨を受けた労働者が、雇用調整助成金を活用して雇用を維持することを求めても、応じようとしない企業が多い。

 実際、ロイヤルリムジングループが運転手約600人に解雇通告した問題では、会社側は「助成金が支給されるまでの数カ月間、事業を継続することが難しい」との判断から、助成金を申請しなかったという。

 いくら制度を整備しても、企業が制度を活用しない限り、労働者がその恩恵を受けることはない。

 

■国は改善図るも、困惑する経営者

 もっとも、厚労省は、申請書類の簡素化、助成率の引き上げ、審査の迅速化など、特例措置を何度も拡大し、制度の改善を図っている。ただ、次々に変わる制度に振り回され、困惑している経営者は少なくない。なぜ「緊急対策」を小出しにし、目まぐるしく変化させるのか、理解に苦しまざるを得ない。上限額が維持されている点など、課題も残っている。

 

■厚労省がQ&Aで展開する論理の限界

 休業手当の支払義務に関する基準が曖昧であることも、混乱に拍車をかけている。

 厚労省のQ&Aによれば、改正特別措置法の緊急事態宣言に基づく協力依頼や要請を受けた場合であっても、労基法に基づく休業手当の支払義務が一律になくなるものではない。だが、次の2つの要素をいずれも満たす場合には、不可抗力による休業に該当するため、支払義務は免除されるという(なお、これはあくまでも厚生労働省の解釈の基準であり、実際の裁判によっては覆される可能性もある)。

①その原因が事業の外部より発生した事故であること

②事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること

 ①には、特措法に基づく協力依頼や要請を受けて休業した場合が含まれるとされる。②では、自宅勤務や代替業務を検討するなど、休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしているかがポイントになる。

 例えば、対人サービス業など、他の形での労務提供が困難な仕事の場合、休業要請を受けていれば、休業手当の支払義務がなくなるものと考えられる。実際、そのような発想で休業手当を支払わないという相談は多い。

 「支払い義務がないのに、助成金を活用して休業手当を支払え」という論理には、どう考えても限界がある。

 

■殺到している相談

 仮に休業手当の支払義務がないとすれば、あえて助成金を申請し、一部を負担してまで休業手当を支払う企業がどれだけあるだろうか。この厚労省のQ&Aを基に「わが社にはそもそも支払いの義務がない」と考える企業は多数あるはずだ。労働相談の現場で「会社が手当てを払ってくれない」「雇用調整助成金を利用してくれない」という相談が殺到しているのもうなずけるというものだ。

 大きな視点でみれば、この実態は、企業に助成を行うことを通じて労働者の生活を支えようとする「企業を介した政策」の限界ともいえる。

 これでも、厚労省は「補償なき休業要請」ではないといえるのか。

 

■なくなることのない排除

 そもそも、日本の雇用・福祉政策は企業を介して給付するケースが多く、企業内の非正規雇用差別がそのまま福祉制度にまで及ぶ構造を持ってきた。企業依存の政策が続く限り、非正規労働者など、そこから排除される存在がなくなることはない。実際に、今回も、「非正規だけ助成金を使わずに全員解雇」といった相談が複数寄せられている。

 

■絶えない批判の根本

 本来、このような非常時の休業補償は、企業によってではなく、国家の責任によって担われるべきだ。それを回避し続けていることこそが、絶えない批判の根本にあるのではないか。

 ただし、現状では、労働者が休業補償を得るためには、雇用調整助成金を何とか企業に利用させるほかに手立てがない。そこで役立つのが労働組合だ。会社外の労働組合でも、一人で加入すれば法律上の「団体交渉権」が成立し、会社は団体交渉に応じざるを得なくなる。

  例えば「飲食店ユニオン」では、都内の会社で営業自粛を理由に解雇通告があったものの、団体交渉の末、助成金の利用に転換している。また、総合サポートユニオンも、都内の小売店で解雇の撤回と助成金利用を実現している。同じように、すでに全国の複数の労働組合で、団体交渉で助成金の利用を決定させたという事例が出てきている。

 交渉によって、助成金の利用を要求していくことが、国の制度を機能させる条件になっているのだ(POSSEでは、随時コロナ関連の無料労働相談を受け付けている)。

 政府に「現場」からの政策提言を行うため、生活困窮者の支援を行う市民団体が作り、筆者も共同代表を務める「生存のためのコロナ対策ネットワーク」では、労働者側から休業補償を請求する仕組みや、休業労働者に対する失業給付の支給を提言しているほか、相談会を実施している。国には、こうした現場の声を踏まえ、生活保障の仕組みを一刻も早く見直してほしい。(今野晴貴=NPO法人POSSE代表)