スーツ姿で戦車爆走! 冷戦終結・ソ連崩壊後の解放感と不安を生々しく描いた『007/ゴールデンアイ』

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シリーズ17作目にあたる『007/ゴールデンアイ』(1995年)は、それまでの『007』シリーズとは一線を画す、そして以降のアクション映画に変革を促した、大袈裟に言えばパラダイムシフト的な作品です。

ソ連崩壊後のリアル世界というフィクション

ジェームズ・ボンドが活躍する舞台が冷戦が終わったリアルタイム(公開当時)の世界、所属する諜報機関が実在の<SIS(MI6)>、そして彼が戦う“悪の組織”がソビエト連邦崩壊後の混沌が産み落とした存在、という設定はとても斬新で、ある種の生々しさがありました。

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アメリカを盟主とする“西側”とソ連を盟主とする“東側”が対立していた冷戦時代、とくに1970~1980年代は緊張感が世界を覆っていた時代でした。

なにしろ、地球表面を丸ごと破壊し全人類を何度も全滅可能な量の核兵器を抱えた東西両陣営が、明確な敵意を持って睨み合っていたのです(実際はもっと複雑だったのですが、それはそれとして)。“何かの間違い”があれば都市は廃墟と化し全人類が破滅する――そんな認識があればこそ、TVドラマ「終わりに見た町」(1982年:山田太一原作)や『ターミネーター』(1984年)などの作品は、絵空事ではない異様なリアリティがあったのです。

それが1989年12月、米ソ首脳が「冷戦終結」を宣言したかと思いきや、1991年12月には当のソ連が崩壊してしまったのです! ティナ・ターナーが歌う「Golden Eye」が流れるオープニングを再鑑賞すると、あの当時の驚天動地の驚きと解放感、そして「ソ連が崩壊しちゃったら、向こう側の秩序維持はどうなるの?」という不安を感じたことが蘇ります。

まぁ筆者の個人的感慨はともかく、90年代の旧ソ連地域では社会/経済システムが崩壊、個人から国家組織までもが大混乱に陥った挙げ句に私利私欲主義が蔓延、同時にそれまで共産党独裁によって押さえられてきた民族的怨念が噴き出し始めたことは、『ゴールデンアイ』を楽しむうえでの重要なポイントのひとつでしょう。

また、第二次世界大戦中にナチスドイツやイギリスに協力したソ連内の民族やポーランドやチェコスロバキアの義勇兵が、戦後に強制送還されソ連体制によって処罰された(例えば『ダーク・ブルー』[2001年]で描かれたような)のも、冷戦後に広く語られるようになった事実です。

女性キャラクターの活躍!

もうひとつの特色は、女性の描き方です。なんと“M”が女性(ジュディ・デンチ)です。1990年代前半期、ステラ・リミントンという女性がイギリス諜報機関の長官を勤めており、その現実を反映させたのかもしれません。その“イロモノ扱い”では決してない、あくまでも実力ある管理職という描き方は素直に好感が持てます。

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ボンドガールであるナターリャ・シモノヴァ(イザベラ・スコルプコ)も、それまでの“添え花”的存在から、精神的にも技術能力的にもボンドの相棒的なキャラクターになっています。今日のアクション・エンタメでは見慣れた女性キャラですが、公開当時は新鮮で、なにか世界が広がったような感覚になったものです。

スーツ姿で戦車爆走!

そして、スタントを駆使して繰り広げられる数々のアクションのひとつが、サンクトペテルブルク市内での戦車爆走です。日常の平和な街中を戦車が爆走する、その強烈なインパクトはシリーズ屈指の見せ場と言えるでしょう。石畳の上をドリフトするシーンなどトリハダものです!

撮影で使用されたのはソ連製のT-55戦車。劇中、ボンドは車体前部右側に位置して操縦していますが、その位置は主砲弾の弾薬庫ですしハッチも有りません。上面装甲を強引に切り取って操縦を演技するボンドが顔を出せるようにし、実際の操縦は車体前部左側にある本来の操縦席からペリスコープを使って操縦手が行なっているのです。

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このT-55の車体や砲塔にはレンガ状の部品が沢山ついていますが、これは「ERA(爆発反応装甲)」という、成形炸薬弾の貫通威力減衰が主目的の付加装甲です。また、車体前部下方に前垂れのようなモノが見えますが、これも成形炸薬弾対処の付加装甲です(強化ゴム製ですが)。

ここでの、スーツ姿で颯爽と戦車を走らせるボンドの姿は最高にカッコイイ。ソ連製戦車の操縦は鋼の小箱のなかでウエイト・リフティングするようなもので、ハンパない肉体労働です。振動も凄まじく、後年、T-55の体験操縦をした筆者などは顎をぶつけて軽く出血、「ジェームズ・ボンドのようにはいかないなぁ」とボヤいたものです。

ちなみに、走行メカニズムに大きな負荷がかかっている戦車はデリケートな車両でもあり、建物をブチ抜いて走るようなことはできません、念のため。

文:大久保義信

【特集:007の世界】

『007/ゴールデンアイ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月ほか放送

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