歴史 民俗 ふるさと探訪(44)

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■南北朝時代の合祀ともいう『春日神社』
今も巡礼が訪れる『観音様』
春日神社・千珠院正観音(耕野)

白石市、福島県伊達市に堺を成し、ころ柿と竹の子で有名な耕野地区。地区内の2つの神社仏閣を紹介いたします。
仙台藩の地誌といわれる明治9年(1772)に編まれた「封内風土記(ほうないふどき)」耕野の項に、八幡宮、稲荷社、愛宕神社、春日神社、秋葉神社の5社、仏宇として観音堂、阿弥陀堂、薬師堂、十王堂の4つが記されていますが、勧請年月日などは分からないとしています。
また、後述する現在の『地区内神社・仏閣』のどれにあてはまるものなのか、定かではないものもあります。
安永8年(1779)に村の肝入(きもいり)(現在の村長のようなもの)が調査して提出して仙台藩の国勢調査ともいわれる「安永風土記御用書出(あんえいふどきごようかきだし)」には、春日社と詳細は分からないが、太平の治奥寺(じおくじ)境内に「祇園社跡」、阿武隈川の猿超に「山王窟(さんのうくつ)」があることが報告されています。
「春日社」について次のようなことが記されています。
「沼の上に有り、国司北畠中納言顕家(こくしきたばたけちゅうなごんあきいえ)の家臣高橋判官という方が勧請したといわれているが、年月等は不明である。社は東向き六尺三寸作り、長床が有り東向き堅四間、横一間半、仙台城下の長倉一平様が書いた『春日社』という横額が社に掲げてある。地主は沼の上屋敷の定左衛門、別当本山派の治奥寺、祭日は、3月19日と9月19日」とあり、今から約690年位前の南北朝時代に祀(まつ)られた神社であるといわれていたようです。
春日社は、藤原氏の氏神で、奈良県にある春日大社が本源であるといわれています。春日神社が庶民とは無縁だったのか、町内で祀られているのはここだけで、ここでは養蚕の神様として信仰されています。
平成17年丸森町教育委員会刊の「ふるさとの伝説」には、今から1200年前に坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)が日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神として武隈社(たけくましゃ)を祀り、後の南北朝時代に春日社を合祀(ごうし)したもの、という伝承を紹介しています。
昭和63年丸森町教育委員会刊「丸森町の文化財集第十二集神社・仏閣編」には、耕野地区の神社27と仏閣8が紹介されています。桜神社、二十三夜社など、耕野地区だけと思われる神社もあるようです。
仏閣では、『さんさいをこうやの山の法の春 大悲の誓い花のあかつき』の御詠歌で知られる伊具三十三観音の第5番札所である「千珠院正観音」があります。お堂に新しいと思われる千社札が張ってありますので、現在でも観音様に会いに来られる方がいるようです。境内には、町内では珍しい『百庚甲(ひゃっこうしん)の石碑群』もみることができます。