<レスリング>【担当記者が見たレスリング(2)】もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)

(文=ジャーナリスト・粟野仁雄)

オリンピック競技からの除外の危機を機に、人気獲得にも取り組むレスリング。必要なこととは?

 6年前、女性誌で吉田沙保里の記事を書いた。担当の女性編集者と、どうも話が合わないと思ったら、「フォール」を技の名前と思っていた。彼女は東大卒の秀才だったが、「東大も、そんなことは教えてくれないんだろうな」と苦笑したものだ。

 これは極端だが、ルール、さらに、なぜそういうルールがあるのかを知らず、「オリンピックでたくさんメダルを取るから」というだけでレスリングをテレビ観戦する人が多い。それで十分というなら別だが、それでは吉田や伊調馨のような超逸材が出なければ、人気凋落につながりかねない。

 スポーツは、ルールをある程度理解して観戦した方が面白い。ところが、なぜバックを取るとポイントになるのかの理由が分からない人も多い。両肩を同時にマットにつけられると、「フォール」で負けるから、危ないと思ったらうつ伏せになって防御する。だが。それを無制限に許せば、容易には勝負がつかないから相手のポイントにする。女性とレスリングを話題にすると、こんな基本的なことも「ああそうなんだ」とうなずく人が多い。

ルールを変え、「一本」が増えた柔道

 冒頭から「女性を馬鹿にしている」と怒られそうだが、違う。近年、日本のレスリング界は女性が「主役」とはいえ、格闘技経験のある女性は男性よりはるかに少ないから無理もない。

2019年世界柔道選手権(東京)52kg級で袖釣込腰の一本勝ちで快勝、満面の笑みを浮かべた阿部詩=撮影・粟野仁雄

 レスリングも柔道も頻繁にルールが変わったが、柔道では最近、「一本」が増えた。袖を短くすることを禁じ、引手(相手の袖を持つ手。襟を持つ手は吊り手という)を切りにくくなった。組まない時間が減り、相撲で言えば両力士がまわしを持ちあう「四つ」の状態が長くなり、一本も増えた。

 柔道は技をかけようとする瞬間に隙ができ、時には「内股すかし」のような高度な技で返される。大外刈りのように、かけた側とかけられた側が同型に近いと、力負けして返されることもある。このため、畳の中央で技をかけず、返されかけても、すぐに逃げられる場外際でしか技をかけない時期が長かった。

 細かくポイントを稼いで、事実上「逃げ勝ち」を狙うのも目立った。これが改善され、「一本」「技あり」の下の「有効」と「効果」がなくなった。技をかけなかったり、自ら場外に出たりの消極的姿勢は、すぐに「指導」を取られ、3回で敗北する。

 「指導負け」も、多発するとしらけるが、昨年4月の全日本選手権では主審が消極的な2人を「両者失格」にした。無差別で柔道日本一を決める70年以上の伝統大会で初めてのこと。前代未聞の珍事はベテランの熊代佑輔と若手の佐藤和哉の3回戦。GS(延長戦)になっても技を出さない両者に主審が三回目の指導を与えた。「伝統の大会で断腸の思い」と記者団に語る大迫明伸審判委員長に、筆者が「勇気のいる判断では」と語ると、大迫氏は「はい」と唇をかんだ。こうした犠牲と努力で柔道本来の「一本」が増えた。

つかむ着衣のない格闘技の難しさは理解できるが…

 さてレスリングだが、柔道でいえば「一本」に近い「フォール勝ち」が滅多に見られないのは残念だ。男子グレコローマンの豪快な投げ技ともに、フォール勝ちが増えれば、レスリングの魅力は増すはずだ。

フォールを狙うのがレスリングの醍醐味(写真はイメージであり、本文と関係ありません)

 とはいえ、実は柔道は柔道着を着ているから多彩なことができる。絞め技も自分の柔道着の襟で絞められる。押さえ込みを避けて「亀」になっていても、強くうまい相手だと、自分の柔道着を引っ張られて苦しさに耐えられずに腹を上に向けてしまい、押さえられる。柔道の技とは詰まる所、「柔道着の使い方」でもある。

 その点、裸に近い姿で闘うレスリングでは、つかむ所が限られ、多彩なことができない。男女ともレスリングの重量級が、柔道に比べて世界的に活躍できないのは、小さな力で大きな相手を倒せる「柔道着の使い方」のような要素が少なく、腕力差が出やすいため、骨格の良い外国人に力負けしやすい。

 筆者にとってフォール勝ちというのは、レスリングよりプロレスだった。プロレスのフォールは、審判が「ワン、ツー、スリー」と数える(なぜかツーとスリーの間が長い…)。レスリングでフォールを増やすのは、技術的にもルール変更でも至難かもしれない。ここはプロレスなども参考に工夫できないだろうか。

 漫画チックだと馬鹿にしてほしくない。かつてミュンヘン・オリンピックで男子バレーボールを頂点に導いた松平康隆監督は、当時の人気TVドラマ「サインはV」(岡田可愛主演)の現実離れした攻撃をヒントに、時間差攻撃を編み出したのだから。

 粟野仁雄(あわの・まさお) 1956年、兵庫県西宮市出身、大阪大学文学部(史学科)卒。ミノルタカメラ、共同通信記者を経て2002年からフリー。著書に「サハリンに残されて」「瓦礫の中の群像」、阪神大震災「あの日、東海村でなにが起こったか」「アスベスト禍」「警察の犯罪」、鹿児島県警・志布志事件。「『この人、痴漢!』と言われたら」「原発難民」等。レスリングでは、昨年は国内大会のほか、世界選手権を取材。


担当記者が見たレスリング

■2020年5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)

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