夫亡くした妻「コロナが本当に憎い」 福井県の遺族、駐車場から火葬見守る

©株式会社福井新聞社

亡くなった男性が人工心肺装置「エクモ」を装着した日の妻のメモ。ノートには毎日の治療の様子が細かく記されていた

 新型コロナウイルスに感染し亡くなった福井県内12例目の会社役員男性(57)=越前市=は、陽性判明後に急速に容体が悪化し、2日後には集中治療室(ICU)に入った。濃厚接触者となり自宅待機を余儀なくされた妻(57)は、「病院からの電話が怖かった」と当時を振り返る。一方、男性はICUに入る前まで、病床で顧客に断りの電話を入れるなど会社の今後を考え、社員を気遣った。妻は「仕事第一の人。もっと一緒にいたかった」としのんだ。

⇒【前編】コロナで夫死亡、妻「奇跡信じ闘い続けた」

⇒ふくいの新型コロナ特集

 異変は3月22日に始まった。夫はその日の夜、熱っぽいということで早めに寝た。熱は治まらず24日に病院へ行き、解熱剤をもらった。風邪だと思った。

 再び熱が出て26日にも病院へ行ったが、レントゲンに影は映っていなかった。27日には熱が39.4度まで上がり、そのとき夫から初めて体温計を見せられた。28日昼前のPCR検査で陽性が判明。意識がある夫を見たのは、入院の着替えを持っていったこの日が最後になった。私と同居の娘は自宅待機になった。その日の夜、夫からは電話でテレビ番組の録画を頼まれた。

 29日、夫は病床で顧客に仕事の断りの電話を入れたり、今後の会社の対応をパソコンに打ち込んだりしていた。夜にメールをしたら「今日一日休めなかったから、うとうとしていたところでした」と返ってきた。

 30日午前には電話で会話し、メールもしたのに夫は午後にICUに入った。医師からは電話で「基礎疾患があるので、(死を含め)あらゆる可能性がある」と言われた。現実がよく分からなかった。

 同日午後11時ごろ、病院から電話があった。声は夫だった。「人工呼吸器になると話せなくなるから。社員を休ませてほしい」と言った。苦しい思いを社員にさせたくなかったのかもしれない。

 「苦しいの?」と聞いたら「ちょっと」と答えた。私の隣にいた娘は「お父さん頑張って」と言った。夫の声を聞いたのは、これが最後になった。

 夫の容体を伝えてくる病院からの突然の電話が、ものすごく怖かった。スピーカー音にして、娘と一緒に聞いた。すべてメモを取った。その後、毎日午前10時半に、こちらから病院へ電話をするようにした。多忙な医師や看護師には申し訳ないと思ったが、そうしないと耐えられなかった。

 「(人工心肺装置の)ECMO(エクモ)は順調に動いてます」「他の臓器は異常ありません」。医師はデータを示し、丁寧に夫の状態を教えてくれた。少しでも改善していると聞くと一日ほっとして過ごせた。

 自宅にいると、12例目の男性(夫)が重体で、エクモを装着していることがニュースで流れていた。医師から説明を受けているのに、ニュースで初めて「重体」であることを実感した。変な感覚だった。

 「できる、できる、必ずできる」がモットーで粘り強く、負けん気が強かった夫は最後まで闘い抜き、4月26日に亡くなった。つながれていたいろいろな管が外され、しばらくすると、きれいな顔で私たちの前に現れた。眠っているようで、目には涙がたまっているようにも見えた。「帰ってきて」と最期まで叫び続けた私たちの声が届いていたのかな、と思った。

 翌日、遺体は病院から斎場に運ばれ火葬された。100メートルほど離れた駐車場から見守ることしかできなかった。車から出され、斎場に入る棺を一瞬だけ見ることができた。約2時間後、スタッフ3人が姿勢を正して三つの骨壺(こつつぼ)を駐車場まで持ってきてくれた。「まだ温かいので触ってあげてください」と言われた。

 ここまで悪さをするウイルスは本当に憎い。同時に当たり前の日常が、どれほど素晴らしく、ありがたいものであるかを教えられた1カ月でもあった。