閉じこもっているのは私だけじゃない 「安定共生」への長い道のりへ、欧州に広がる自発的連帯

By 佐々木田鶴

 5月に入り、欧州の多くの国で封鎖解除が始まった。段階的計画を公表し、あくまで慎重に、おそるおそる…。だが、遅れた春の到来は、人々の心に希望を与えている。そんな今も、あちこちの都市で、夕食の時間になるとどこからともなく拍手の音が鳴り響く。この光景は日本でも知られているかもしれない。マンションの窓を開けたり、家の外に出たりして、医療従事者に感謝と慰労の念を込め、拍手を送る連帯行動だ。おそらく最初にコロナ危機を迎えた北部イタリアで始まったのだろうが、その後、多くの国々に広がった。それぞれの国の夕食の時間や住宅事情によって、表現の仕方にはお国柄や気質が現れる。これまでは、お向かいのマンションや隣の家にどんな顔の誰が住んでいるのかすら知らなかったのに、今では知らなかった隣人のぬくもりを感じる大切な瞬間になった。「閉じこもってるのは私だけではないんだ」と。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

医療従事者への感謝と慰労を込めて窓に飾られた大きな熊のぬいぐるみ=ベルギー

 ▽さまざまな形

 医療従事者側から「拍手より救援物資がほしい」とのアピールもあって、休業を余儀なくされているレストランのシェフたちが、24時間態勢で奮闘する医師や看護師たちのために、腕を振るった暖かい食事を届けだしたところもある。

 学校が休みの子どもたちは、郵便やゴミ収集、食料品店店員さんなど生活を支える働き手に、感謝を伝える思い思いのバナーやメッセージを作り始めた。家々の郵便受けの横やゴミ袋の外側には、かわいい「ありがとう」があふれている。

医療従事者への感謝を示す手作りの品々があちこちの玄関や窓に飾られている=ベルギー

 連帯を示す国旗やぬいぐるみを窓辺に出している家もある。散歩が制限されていないベルギーのわが家の回りを歩くと、こつぜんと人との接触が絶たれ、先行き不安にふさぎがちな心をほっこり暖かくしてくれるようになった。

 日本にも感謝の拍手は広がっているようだが、行政や企業、スポーツチームなどが主導したもので、市民の自発的連帯とは少し違うように思える。

 ▽産業界も無償提供

 封鎖措置で、操業停止状態にある自動車や化粧品などのメーカーが、コロナ危機でそれぞれできることを考え、医療物資の開発・製造に乗り出した。

 フランスでは、3月半ばには、高級化粧品や服飾ブランドが、困窮する状況を見かねて次々と支援を表明した。ジバンシー、ディオールなどのブランドを持つLVMHや、ロレアル・グループが、培ったノウハウや原料を生かしてアルコール消毒ジェルを作り出し、フランス国内はもとより、品不足に悩む周辺国の医療機関、介護ホーム、薬局などに供給し始めた。その多くは無償提供だ。自社内に縫製要員を抱えるシャネルでは、社内に備蓄していたマスクを医療や介護の現場に寄付し、さらにマスク製造に本格参入した。

 自動車産業は、人工呼吸器やその部品製造にいち早く取り組みだした。フォルクスワーゲンのスペイン子会社セアトは、3月初めの時点で、人工呼吸装置を作り始め、ドイツでは、メルセデスベンツも人工呼吸器の部品作りを開始。BMWは医療用マスク製造に乗り出し、欧州周辺国の需要にも応えるため、日に30万枚製造を目指している。

シャープが製造を始めたマスク

 日本はといえば、政府の要請に応えてシャープが作った不織布マスクは一般消費者向けで、購入は抽選だという。資生堂は、フランスの工場で4月初めになってようやく、消毒ジェルを作り始めた。日本国内ではさらに2週間遅れて製造するらしい。4月4日時点で経産省の要請に「応じる意向」を表明した日本を代表する自動車メーカーはどうしているのだろう。海外では同業他社に追従した医療物資生産を行うようだが、イニシアチブが感じられないのは残念だ。

 ▽芸術家やスポーツ選手には

 コンサートや演劇、スポーツ大会などありとあらゆる興行が中止となり、表現の場を失った芸術家やスポーツ選手も自発的連帯を始めている。ベルギーを含め、欧州諸国の場合、芸術家や選手の多くはしっかり納税番号を割り当てられた個人事業者だ。

 これまで、時に所得の50%にも及ぶ多大な税社会保障の負担を支払ってきたから、今、彼らは胸を張って、「税金を払ってよかった」と思える収入保障を受け取り始めている。ドイツでは州ごとに異なるが3千~5千ユーロが申請後速やかに支払われた。ドイツほど懐が豊かではないベルギーですら、一時支援金4000ユーロと月々の収入補てん約1500ユーロが、個人に対し速やかに支払われているため、そこそこ心穏やかに連帯の輪を広げることができている。

 オランダ・ロッテルダムや、ドイツ・バンベルグの交響楽団メンバーが、それぞれ自宅にいながら、指揮者にあわせてネットでつないで奏でるソーシャル・シンフォニーを実現し動画を公開したのは、3月下旬のことだ。その後、世界中で同じような試みが展開されている。

 欧州各地の美術館が、せっかくの特別展をより多くの人に見てもらいたいと、キュレーター解説付きのバーチャル見学を可能にしている。

 パリ・オペラ・バレー団は、団員が自宅軟禁状態にあっても、それぞれのキッチンで、庭で、子供たちとともに踊る姿を公開した。コーチ付きの練習すらできなくなってしまったスポーツ選手たちも知恵を絞っている。フランスでは「閉じこもりスポーツ連盟」なるものが登場。自宅の環境でなんとか楽しめるアイデア満載の新種目を提案し始めた。

 こうした動きに触発されて、海外の日本人ライター有志がボランティアで展開するメディア SPEAKUP OVERSEAshttps://www.speakupoverseas.net/)でも、英米に偏りがちな情報発信にならぬよう世界を俯瞰した各国のコロナ事情を記した「世界コロナ日誌」を発信している。

 ▽コロナ後の世界に思いをはせて

尾身茂氏

 すでにテレビでおなじみの専門家会議副座長、尾身茂氏が「医療従事者への偏見・差別を辞めて、敬意をもってほしい」と呼び掛けるのを聞いて、がくぜんとした。コロナ危機に日本では、専門家がそんなことを言わねばならないのか―。

 欧州社会は、近年、多くの差別・偏見問題を抱えてきた。ここ数年だけでも、イスラム過激派によるテロの脅威や難民流入の反動で「反イスラム」が強まり、極右ポピュリストや反EU勢力による過激な言動も飛び交った。でもその度に、一人一人が考えて行動し、市民社会として抵抗して来たように思う。

 コロナ禍にあっても、政府政策の不備を厳しく批判する声も健在だし、コロナ感染リスクへの不安からストという実力行動に訴える人々もいる。誰も「こんな危機にけしからん」などという人もない。どんな状況下でも、政府批判や労働者の権利保護は重要だと認めるからだ。

 だが、自らの感染リスクを押して奔走する医療従事者や不運にも感染してしまった人とその家族に、偏見や差別という話は聞いたことがない。社会の6割が感染して初めて終息すると仮定すれば、明日はわが身が当たり前と誰でも覚悟しているからだ。そして、その時、医療従事者にすがる以外にどうしてコロナ後の世界に生きられるのだろう。

 オーストリアで、ドイツで、ベルギーで、イタリアで、スペインで、フランスで、極めて慎重な封鎖解除計画が発表され、少しずつ実行されようとしている。どこの国でも、新型コロナウイルスとの「安定共生」までの道のりはまだまだ長く、第二波も、第三波もあるであろうとすでに注意を喚起している。コロナ禍がもうすぐ過ぎ去って、元の社会生活に戻り、経済もV字回復するなどという言説を聞くと、別の惑星の話のように聞こえる。

 地球社会はタイムマシンに乗って、従来なら100年はかかる次のパラダイムへのシフトを、猛烈な速さで達成しているかのようだ。できないから工夫を凝らし、できない中から新しいものが生まれる。そこに自発的連帯があれば、コロナ後の世界に希望が見えてくるように感じる。

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