開幕までに知識を増やそう。改めて『GT3』をおさらい(2):GT3とはどんなレーシングカーか・その1

 新型コロナウイルスの感染拡大に揺れる国内モータースポーツ界。2020年は多くのトピックスがあったスーパーGTも、開幕から5戦が延期となってしまった。ただ7月の開幕を前に、ちょっぴり知識をつけておけば、来たる開幕がより楽しく迎えられるはずだ。この連載では、いまや世界各国のGTカーレースで使用されるGT3カーについて、不定期でご紹介しよう。初心者向けだが、詳しい方も改めてお付き合いいただければ幸いだ。

■(2)GT3とはどんなレーシングカーなのか・その1

 前回、GT3の大まかな歴史を振り返ったが、初期のGT3はあくまでジェントルマンドライバーが、好きなブランドのクルマでレースを楽しむために生まれた。そのためABSやトラクションコントロールなど電子デバイスも使用可能。もともとカップカーというベースがあったこともあり、草創期から多くの車種が参加した。またその性格から、チームによる車両への改造は一切できず、セッティングは足回りのいくつかの調整やリヤウイング程度くらいしかできないのは現在も同様だ。

 また、初期のGT3の流行を支えたのは、その価格の安さ。多くの車種が2000万円〜3000万円程度で、当時のレーシングカーとしては安価。じつはここでお詫びしなければならないのだが、初期のGT3に存在していたと言われていた車両価格上限設定(コストキャップ)は、初期から設定されていない。筆者も多くの関係者からコストキャップがあると聞いており、当時は記事にも反映していたが、今回この記事を書くにあたり、SROモータースポーツ・グループからは、GT3におけるコストキャップは2006年から存在していないという返答をもらった(GT4はコストキャップがあり、20万ユーロが上限)。

 現在では4000万円程度から、高いマシンで8000万円以上という価格で販売されているGT3カーだが、自動車メーカー、もしくはメーカーから委託されたコンストラクターが販売可能。そして、GT3カーを作るにあたってまたユニークなのは、厳格な技術規定がないということだ。市販車のフレームを使うこと、また安全のための規定は定められているものの、厳密な改造範囲は定められていない。そのため、初期のGT3と比べると現代のGT3カーは、フレーム以外は大きく改造されており、外板はほぼカーボン。性能も安全性も高まっているが、同時に価格も上がっている。

 これまでのモータースポーツの歴史のなかで、特にこういった市販車改造レーシングカーは、改造範囲を定めるやり方が一般的だった。上位カテゴリーほど改造範囲が大きく、事細かに規定が定められている。厳密な改造範囲がないGT3のスタイルは非常にユニークで、これまでは適したベース車がなければそのカテゴリーに参入することが難しかったが、GT3ならばある程度自由な車種で参入することができたことも車種バラエティの増加を生んだと言えるだろう。

 GTカテゴリーのなかで、このGT3とある意味対照的なのが、スーパーGT GT500クラスでも採用されるクラス1規定だ。GT500とDTMという長い歴史を経て市販車改造という範囲からは抜けた存在ではあるが、性能を均衡化させるためにエンジンのサイズを同じにし、車両のサイズやホイールベース、果てはスケーリングと呼ばれる作業によって、フロントウインドウの角度まで同じにしてある。事細かな車両規定でフォーミュラ化することによって、性能の均衡化を図っている。スーパーGTではGT500、GT300という出力によるクラス分けだが、いまやGT300のJAF-GTをのぞけば規定の考え方すらも違う2クラスの混走なのだから面白い。

 そしてこのGT3カテゴリーの最も“キモ”とも言える点こそ性能調整だ。車両重量やエアリストリクター径、最低地上高によって各車のバランスをとるものだ。毎年シーズン開幕前に全車種を集め『BoPテスト』というものが行われ、そこでのパフォーマンスや、さまざまなシリーズのテストで集められたデータをもとに各車の性能が調整される。もちろん、テストでワザとゆっくり走れば優遇されるのでは……? と考える方もいるかもしれないが、データロガーできちんとチェックされており、目立つ場合は“やり直し”させられるという。

 実際のレースでは、性能調整は各シリーズによって運用が異なるが、スーパーGTを含め多くのシリーズでSROが定めたBoPが使われており、スーパーGTの公式テストにもSROの技術スタッフが訪れている。性能調整は、サーキットの特性によって4種類用意され使い分けられる。

 この性能調整が、GT3のすべてを決めると言っても過言ではない。車両に関して言えば、例えばあるメーカーでより速さを狙い、強力なパフォーマンスのエンジンと車体を用意したとしよう。しかし、まずGT3の場合は、事前に特別な改良をするには特認が必要な上に、それが認められたとしても、最終的には性能調整がかけられ、ライバルと同じパフォーマンスになってしまう(それどころか、事前のスペックがいいと厳しい性能調整になる傾向もみられる)。つまり、速さを追求するための過度な改造はあまり意味がないということだ。

 さらに重要なのは価格だ。もちろんレーシングカーとしての性能を追求することはメーカーの自由だが、大きな改造を加え高度な素材を使えば、販売価格は必然的に高くなる。では、ほぼ同じ性能に調整されるのであれば、あなたがレーシングチームのオーナーならどのクルマを選ぶだろうか? 当然、価格だけがレーシングカーの価値ではないが、必然的に価格が安い方のクルマが検討材料になるだろう。SROはGT3の価格決定については「すべてはマーケットが決める」と教えてくれた。このあたりの“商品としての価値”については次回触れたい。

 現在、GT3は2022年に向けて新たな規定を導入するべく協議が進められており、改造範囲の規定など細かい規定を作り上げようとしている。どう変貌していくのかは、今後注目のポイントだろう。

GT300クラスのスタート練習の様子
2020リキモリ・バサースト12時間レースで優勝したベントレー・チームMスポーツの7号車ベントレー・コンチネンタルGT3
新型メルセデスAMG GT3のコクピット

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