歓迎していいのか、39県解除  安倍政権は緊急事態宣言をどう扱ってきたか

By 尾中 香尚里

39県での緊急事態宣言解除を表明する安倍晋三首相の記者会見を伝える、福岡市の店頭テレビ=14日

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて政府が全国に発令していた緊急事態宣言が14日、計39県で解除された。一部地域とはいえ、国民の私権が大きく制限される状況が終わることは歓迎すべきことのはずだが、全くそういう気になれない。

 緊急事態宣言が最初に発令された4月7日以降の1カ月間、国民の私権制限に対する安倍政権の考え方は、あまりにも雑だった。そして今回の解除は、その「雑な私権制限」を、さらに助長させる恐れがあるからだ。

 ここまでの安倍政権の「緊急事態宣言の扱い方」を振り返ってみたい。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 安倍政権が最初に緊急事態宣言を発令したのは4月7日。東京や神奈川、大阪など7都府県が対象だった。なぜ7都府県なのかについて、政府の専門家会議は①累計の感染者数②倍加時間(感染者が2倍になるまでにかかる時間)③感染経路が特定できない感染者の割合―という三つの根拠を挙げた。

愛知県独自の緊急事態宣言を発令し、会見する大村秀章知事=4月10日

 ところが、緊急事態宣言の発令は、宣言の対象となった7都府県からそれ以外の県への人の移動を生んだ。また、当初宣言の対象とならなかった愛知県など複数の県で、法的根拠のない独自の「緊急事態宣言」(名称は異なるものもある)を出す動きも相次いだ。

 そこで安倍政権は、最初の宣言発令から10日もたたない同月16日、緊急事態宣言の対象地域をいきなり全国に拡大した。全国民を対象に、一気に私権制限の大きな網をかけたのだ。ゴールデンウイークを前に、人の移動を抑えることが目的だった。 だが、その科学的根拠ははっきりしない。感染者の報告がなかった岩手県が対象に含まれたことは、最初に7都府県に発令した時に専門家会議が示した「三つの根拠」が、この時は考慮されなかったことをうかがわせた。同じように国民の私権を制限しておきながら、その根拠が最初の7都府県とそれ以外で異なったことになる。 緊急時の対応として意見の分かれるところかもしれない。しかし筆者は、このような政治判断によるアバウトな私権制限のかけ方を、安易に認めることはできない。

 安倍首相はゴールデンウイークが終わる5月6日に緊急事態宣言を解除する考えを示していたが、外出や店舗営業などの自粛は十分な効果を得られなかった。感染拡大を抑えるための補償措置が不十分だったことは何度も指摘してきた。政権の「雑な私権制限」によって、国民が「何をどこまで自粛すべきか」に関する十分な判断基準を持てなかったことも、効果が出なかった理由の一つだと考える。

聖マリアンナ医大病院の集中治療室(ICU)で、新型コロナウイルスの重症患者の治療に当たる医療従事者=4月、川崎市

 一方で安倍政権は、医療崩壊を防ぐため政権自ら全力で対処すべきことについても、十分な結果を出せなかった。例えばPCR検査。政権が「検査能力を増やした」と強調しても、肝心の検査実施数はその半数程度。かろうじて医療崩壊に至らずにすんでいるのは、現場の医療従事者の献身的な努力によるものだろう。

 結果として首相は、自ら設定した目標を守ることができず、5月31日まで宣言を延長せざるを得なくなった。

 この延長の扱いにも、根拠不明の政治判断という「雑さ」がみられた。

 多くの国民が「ゴールデンウイークまで」と信じて自粛に耐えてきた。ゴールを延長してさらなる痛みを強いる以上、謝罪とともに判断の科学的根拠を示すことは最低限の義務だ。だが、首相は延長を表明した4日の記者会見でも、なぜ「5月31日まで」なのかについての科学的根拠を明確に示さなかった。

緊急事態宣言の延長が決まり、記者会見で厳しい表情の安倍首相=4日午後、首相官邸

 代わりに首相が強調したのは「31日を待たずに宣言を解除する可能性」だった。首相は、14日をめどに専門家の評価を得た上で「可能であると判断すれば、期間満了を待つことなく緊急事態を解除する」と説明。「今後2週間をめどに(中略)事業活動を本格化していただくための、より詳細な感染予防策のガイドラインを策定する」など、経済活動の再開に前のめりな発言が続いた。

 専門家会議の評価を待つまでもなく、首相の頭の中ではこの時点で「14日に多くの地域で緊急事態宣言を解除」というシナリオができていたのではないだろうか。

 結果として、緊急事態宣言の延長が行われたはずのゴールデンウイーク明け、首都圏では逆に人の流れが戻り始め、営業を再開する飲食店も目についた。政権の決定と、実際に国民に受け止められたメッセージが真逆なのだ。

 専門家会議の助言をもとに「延長」を決めておきながら、記者会見でそれとは逆の(少なくともそう受け止められる)メッセージを出すのなら、いったい専門家会議とは、科学的根拠とは何なのか。

 今回の解除に関しては、専門家会議が「直近1週間の10万人当たりの新規感染者数が0・5人以下」など一定の基準を示しており、その点は評価できる。ただ、4日の緊急事態宣言延長の際の首相会見を思い起こすと、政権がその基準をどう扱うのか、懸念が残る。

開催された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議=14日午前、東京都千代田区

 何より、安倍首相は緊急事態宣言を解除しておきながら「新しい生活様式」と称して、国民がライブハウスやカラオケボックスなどに足を運ぶことを自粛するよう要請した。

 緊急事態宣言を解除した地域での「自粛要請」とは何なのか。それは、2月の全国一斉休校要請と同様「法的根拠を伴わない私権制限」なのではないか。宣言が解除された地域でライブハウスの経営が行き詰まった時、政権は私権制限の責任をとって、補償をするのだろうか。経営の行き詰まりは「自己責任」なのか。

 「コロナ対応」と言えば政治が何をしても許されるような風潮があるなかで、政権のこうした雑な私権制限の是非を問う声は、ここまでほとんど聞かれなかった。しかし国民は、選挙で選んだ政治家に、無制限な権力行使を認めているわけではない。為政者の権力行使について、憲法で足かせをはめているのだ。

 現行憲法下であっても、今回のコロナ禍や東日本大震災のような緊急時には、一時的な私権制限は法的に認められている。だが、コロナ対策で言えば、私権制限は「感染症の拡大防止」という唯一の目的のために、緊急事態宣言の根拠法たる新型インフルエンザ等対策特別措置法に定められた範囲で、可能な限り抑制的に行うべきだ。私権制限の根拠や必要な期間などについて、国民に丁寧に説明し、十分な理解を得る必要があることは言うまでもない。「罰則規定がないのは法の不備」などと、為政者が簡単に口にしてはならないのだ。

 ましてや、いくら緊急時とはいえ、現在は国会もきちんと機能している。この状況下で法に基づかない私権制限などするべきではない。緊急事態宣言の解除と、解除地域でのさらなる自粛要請は、こうした原則に逆行しているのではないか。

 今は対策に全力を挙げるべき時なのかもしれない。だが、コロナ問題の収束後には、安倍政権の権力行使のありようについて、国会や第三者機関などの手でしっかりと検証することが求められる。

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