D・クレイグが語った “完璧ではないボンド”とは 007『カジノ・ロワイヤル』『慰めの報酬』

NICOLA DOVE / DANJAQ / EON / UNIVERSAL PICTURES / MGM / Allstar Picture Library / Zeta Image

1962年、第1作『007/ドクター・ノオ』がイギリスで公開されて以来、映画史に残る最長シリーズとして現在も愛されている『007』。主人公ジェームズ・ボンドについての説明は、今さら不要だろう。現在、そのジェームズ・ボンドとして世界中で認知されているのが、6代目のダニエル・クレイグだ。

2006年の第21作『007/カジノ・ロワイヤル』から、2020年11月公開(予定)の第25作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』まで、15年間・5作で演じきったダニエル・クレイグは、ついにボンド役を降板する。『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2019年)などボンド役以外でも独自の存在感を発揮するダニエルだが、他のボンド俳優と同様に、これが生涯の当たり役になったのは言うまでもない。

青い瞳に金髪なんてボンドじゃない? 実力でアンチを黙らせたD・クレイグ

思い出されるのは、初のボンド役となった『カジノ・ロワイヤル』の公開前、ダニエルの抜擢についてはちょっとした波紋が広がったのも事実だ。それまでのキャリアでダニエルが高く評価された出演作といえば、『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』(1998年)や『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)などであり、強烈な個性やダークな側面をもつ役が目立っていた。これまでボンドを演じてきた俳優たちと明らかに違うクセの強さに、金髪で、透き通るようなブルーアイズというのもダニエルが初めて。「ボンドのイメージにそぐわない」というアンチの声は、『カジノ・ロワイヤル』の公開直前まで高まっていた。

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demanded a new kind of action sequence. The solution: an amazing foot chase through a perilous construction site in Madagascar with Bond pursuing bomb-maker Mollaka up and down scaffolding, including a jaw-dropping jump from the top of a crane. Screenwriter Neal Purvis said: “We wanted to establish the new Bond as gadget free, raw, slightly crazy, very physical and incredibly brave. We were also aware there had never been a foot chase in a Bond movie before.”

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しかし……2006年11月に『カジノ・ロワイヤル』が公開されるや(日本は12月公開)、アンチの声は一気に収まった。この『カジノ・ロワイヤル』は、イアン・フレミングの原作小説でも「原点」とされているにもかかわらず、本家シリーズでは初の映画化だった(ピーター・セラーズ主演の1967年の『カジノロワイヤル』は別会社の作品で、「番外編」「パロディ編」という位置付け)。

そんな『カジノ・ロワイヤル』では、ボンドが「007」のライセンスを得るまでの物語が描かれる。初めて人を殺(あや)める苦悩や謎の女性との本気の恋など、若きボンドの人間くささが強調され、過去にないほど共感を集めたうえ、アクションでも徹底してリアル感が追求された。荒唐無稽さが薄まったぶん、時代に合ったシリーズとして再生したのである。監督のマーティン・キャンベルは、前任のボンド、ピアース・ブロスナン版の『007/ゴールデンアイ』でもメガホンをとっており、受け継ぐべき伝統と、そこからの大胆な脱却のバランスを苦慮したはずだ。過去の作品とのつながりは、上司のMをジュディ・デンチが演じた点のみで、これも物語がつながっているわけではない。明らかに「新ボンド」誕生の新作となった、

ダニエル「ぼくは、車や旅行、グラマラスな女性が好きなところはボンドそのもの(笑)」

『カジノ・ロワイヤル』のプロモーションで来日したダニエル・クレイグにインタビューしたのは、2006年の12月1日。すでに各国で公開され、高い評価を受けていたので、その表情には終始、余裕が感じられた。

「ボンド役への抜擢はプレッシャーよりも、喜びの気持ちが上回っていた。仕事との巡り合いは人生そのものと似ていて、拒むこともできる。でもそうしたら、ただ終わるだけだろう? 僕はつねに挑戦する選択をとってきた。今回のボンドも、これまでと違ったタイプの役で、別の人生を歩みたいから引き受けたんだ。だから僕なりに、ボンドに人間性を付け加えて演じたよ。映画のボンドに人間性が見えたら、それこそが僕のキャラクターじゃないかな」

ジェームズ・ボンドと自身の共通点を聞くと、冷静さにサービス精神も込めて、次のように語るダニエル。

「僕は私生活をベラベラ話すタイプではない。そこがボンドに近いだろうね。あとは車や旅行、グラマラスな女性が好きなところは、ボンドそのものと言ってもいい(笑)。ロサンゼルスあたりで巨大な自分のビルボード(広告)を見つけると、素直に“うれしい、やったぜ!”と心の中で叫ぶわけだけど、人生が変わったとまでは感じていないな」

過去のシリーズ以上に、『カジノ・ロワイヤル』にはボンドが全裸で拷問を受けるなど、ダニエルの肉体美が強調されていたりもする。

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Which is your favourite international CASINO ROYALE (2006) poster? #James Bond #007 #DanielCraig #CasinoRoyale

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「恥ずかしかったけど、過去の作品ではもっと過激なシーンも経験していたから問題ないよ。むしろ、これからは肉体の維持が日課になる。2作目の撮影が始まるまで、週に2、3回はジムに通って、筋肉を鍛え続けなければいけないんだ」

『カジノ・ロワイヤル』は結果的に、シリーズで最高の興行収入を記録(後に『007/スカイフォール』[2012年]が上回る)。ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドは世界に認められ、新たなファンも増やすことになった。これまでの作品との大きな違いは、奇抜なスパイガジェットを使わず、携帯電話や銃、解毒剤などを駆使するリアリティ重視の攻防で、そこが幅広い観客の心をつかんだのだ。そのあたりを不満に感じる長年のシリーズファンもいたが、これはダニエル・クレイグのボンドにはふさわしいスタイルであり、アストンマーティンやマティーニなど、ボンドの「基本」はしっかり押さえられている。

「僕が演じる限りボンドは過ちを犯し、多くの疑問に答え続けていくことになるだろう」

そしてダニエル版ボンドの2作目『007/慰めの報酬』は、早くも2年後の2008年に完成する。『カジノ・ロワイヤル』で心に深い傷を負ったボンド。『慰めの報酬』は、その前作のラストから始まるという、シリーズとしては異例の“続編”形式がとられた。復讐の思いにかられた、ダニエル=ボンドの悲痛さ。そこに感情移入しやすい作りになっていたのである。

MGM / Allstar Picture Library / Zeta Image

作品が完成する前、ダニエル・クレイグにロンドンでインタビューした際、彼自身もその“つながり”を強く意識したと語っていた。

「前作の終わりの感情とつなげたかったので、一刻も早く撮影を始めてもらいたかった。ボンド役は、僕の人生に途轍もなくポジティブな影響を与えてくれたと思う」

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Daniel Craig on location in Cobija, Chile which doubled for Bolivia in QUANTUM OF SOLACE (2008). #JamesBond #007 #DanielCraig

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2作目ということで、演じる“余裕”も出始めたようで、ダニエルは役作りについて具体的に話すようにもなった。

「現代という時代を念頭に置きつつ、ショーン・コネリーのボンドにつながるルックスも意識してみた。新しいアクションやストーリーに、ボンド映画の伝統を忠実に組み合わせることで、独特のルックスが生まれたと思う。さらに僕は、1960~70年代のサイコスリラー映画が大好きなので、その手の作品を意識して演じた部分もあったよ」

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Bond (Daniel Craig) helps Camille with her childhood fear of fire in QUANTUM OF SOLACE (2008). #007 #JamesBond #DanielCraig

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この時点で、あと2作の出演を契約していたダニエルは、その先を見据えてこうも語っている。

「僕が演じる限り、ボンドは過ちを犯し、いろいろな疑問に答え続けていくことになるだろう。もし完璧な人間として描かれるなら、それはボンドにとっても間違いだと思うから」

結局、その後3作に出演することになるわけだが、この時のダニエル・クレイグの意識が、最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』まで受け継がれていくことになったのだ。

文:斉藤博昭

【特集:007の世界】

『007/カジノ・ロワイヤル』『007/慰めの報酬』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月ほか放送

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