〝命のとりで〟新型コロナ重症患者治療の最前線 記者が見た集中治療室(ICU)

新型コロナウイルスに感染した重症患者を受け入れている聖マリアンナ医大病院(川崎市)

 生命の危機に瀕した重篤な患者を24時間体制で治療する〝命のとりで〟とも呼ばれる集中治療室(ICU)。新型コロナウイルスによる重い呼吸不全の症状が刻一刻と変化する患者のそばで、感染リスクと闘いながら医師や看護師らが懸命な治療を続けていた。2月中旬以降、多くの新型コロナ感染者を受け入れてきた聖マリアンナ医大病院(川崎市)で「生と死」を分ける医療現場の最前線を記者が見た。(共同通信=杉田正史)

  ▽張り詰めた空気

  4月23日の正午前。案内役の藤谷茂樹(ふじたに・しげき)教授が病院別館一階の重い扉を開けると、医療機器がところ狭しと並ぶ空間が広がった。機器にはそれぞれ「コロナ専用」と記したシールが貼られている。その間には呼吸器を装着しベッドに横たわる男性の姿があった。10人の重症患者が収容されているICU。心拍数など生体情報を表示するモニターだろうか、空気が張り詰めているため、室内にピー、ピーという電子音が大きく聞こえる。

ICU内の医療機器には「コロナ専用」のシールが貼られている

 「ここに運んできて」。感染防止用のゴーグルやマスク、防護服に身を包んだ医師が医薬品の名前を発したのとほぼ同時に、看護師が駆けだした。別の看護師は、輸液ポンプなど重要機器に囲まれる中、患者の全身管理に必要な数値をパソコンに入力していく。急いで新しいビニール製の防護具を着用する際、目元から疲労の色が見えた。

  藤谷教授は「別の疾患と比べ、装備の有無と高い感染リスクが大きな違い」と話す。新型コロナは感染力が強く、防護具の着用による体力の消耗も重なり、長時間の治療は難しい。防護服を脱ぐときも細心の注意が必要で、神経をすり減らす。

ICUで重症患者を治療する医師と看護師ら。感染防止用のゴーグルやマスク、防護服を身に着けている

 ▽切り札

   記者の目の前の男性患者には人工心肺装置「ECMO(エクモ)」が装着されている。正式には「体外式膜型人工肺」という名称のエクモは体外で肺の機能を代替する装置で、体から血液を取りだして二酸化炭素を除き、酸素を加えて体内に戻す仕組み。重い肺炎治療の「切り札」だ。血液の抗凝固薬や補充液の袋の間から血液が流れる管が見えた。大量の血液を取り出して再び戻すため、管は点滴用よりも太い。

 日本集中治療医学会の公開データによると、5月18日時点で、新型コロナに感染した重症患者でエクモによる治療を受けた人は161人に上る。そのうち回復傾向でエクモが外れた患者が97人、死亡は35人という。患者の肺を休ませるエクモの管理は、24時間態勢で行われることから、ICUでないとエクモ治療は難しい。ただ、海外の調査などでは、人口10万人当たりのICU病床数はアメリカが約35床、ドイツは約29床、イタリアは約12床なのに対し、日本は約5床と大きく下回るとのデータも出ている。また新型コロナの治療に当たる医療従事者の態勢も、重症患者1人に対し、医師や看護師、臨床工学技士ら7人程度がチームとして対応しなければならない。

 

ICUの重症コロナ患者には人工心肺装置「エクモ」が取り付けられていた

 豊富な経験や高度な技術が求められる一方で、国内にあるエクモ約2200台に対し専門医は約1830人と、人的資源は限られている。日本集中治療医学会の西田修(にしだ・おさむ)理事長は「日本は、重い肺炎患者に必要な生命維持装置を扱える医療従事者や、集中治療室の数が十分ではない。医療資源をどう集中、配分するか議論する必要がある」と指摘する。装置の増産だけでなく、専門医の育成が急務となっている。

 

 ▽「線引き」

 

 「そろそろ閉めます」。藤谷教授が、ICUと室外をつなぐ出入り口を前に取材の終わりを記者に告げた。室内はウイルスが外部に漏れないようにするため、気圧を下げる陰圧化が施されており、開閉時のドアは重たい。防護具を着けていたが、室内に流れ込んでいた空気が止まったのを全身に感じた。

ICUでの取材を終え消毒される記者(右)

 

 聖マリアンナ医大病院は2月中旬以降、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」や東京湾の屋形船で感染した患者を受け入れた。次々と重症患者は運ばれ、コロナ専用のICU病床は当初3床だったが、隣接する重症度の低い患者向けの高度治療室(HCU)も一体化することにより4月下旬時点で15床まで増やした。施設の陰圧化や医療従事者の危険手当などを含め対策費は約1億円に達した。

 

 しかし、患者の回復や死亡で病床が空いても、すぐに埋まってしまう。受け入れ要請の電話は鳴りやまない。集中治療の経験がある看護師十数人を他の病院や診療科から呼び集めるといった人員の再配置により約100人態勢に増強したが、人手が足りているとは言えない状況だ。

 

聖マリアンナ医大病院の藤谷茂樹教授

 重症患者が人工呼吸器やエクモなど生命維持装置を装着すると、治療期間は2週間から2カ月にわたる。中等症の患者も受け入れている。その間、医師や看護師らが使う感染防護用のマスクやガウンなどは減少し、コロナ専用エクモの台数も限界に近づく。比例するかのように、医療従事者の感染リスクも高まっている。 

 藤谷教授は危機感を隠さなかった。「重症患者が増え続ければ救命するかどうかの『線引き』を迫られる」

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