分身ロボットで誰もが自由に「移動」を 全日空グループが「アバター」で新会社

アバターロボット「ニューミー」を介し、画面に映る人と話すアバターインの深堀昂CEO(左)=4月、東京都中央区(アバターイン提供)

 全日空グループは4月、離れた場所にあるロボットの視覚、聴覚、触覚が、パソコンやスマートフォンで操作している人に伝わる「アバター(分身)」技術をインフラとして普及させようと、専門会社「アバターイン」を設立した。開発したロボット「ニューミー」は新型コロナウイルスの感染者が入る病院や、外出できない子どもの支援でも活用されている。深堀昂・最高経営責任者(CEO)と梶谷ケビン最高執行責任者(COO)に、会社新設の意図や今後の展望を聞いた。(共同通信=徳永太郎)

 

 ▽自由に「移動」できるインフラを

 全日空グループのアバター構想は2016年10月、月探査コンテストでも話題を集めた米Xプライズ財団が開催したコンペで、グランプリを受賞。18年、社内に正式にプロジェクトが発足した。大分県を「実証フィールド」として位置付け、大学や研究機関、企業と連携し、開発を進めてきた。

 ―アバターの社会的意義は

 深堀CEO 航空機のユーザーは世界人口のわずか6%と言われている。外部環境に影響されず、身体的制約のある人でも、いつでも自由に「移動」でき、人間の体ではできないような拡張機能を持ったインフラが必要じゃないかと考えていた。

 梶谷COO これまでモビリティー(移動)を提供するサービスは物理的なインフラが必要で、治療中の患者ら外出できない人は「対象外」になってしまっていた。世の中には、どうしても実際に会って話せない状況はあり、たどり着いたのがアバターだった。たまたまパンデミック(世界的大流行)が重なり、アバターやテレビ会議は、理想ではないが必要だという理解が深まってきた印象がある。

 

 ▽航空会社が乗り出した理由

 実際の移動は伴わず、コミュニケーションを取ったり、買い物や釣りなどのレジャーを体験したりするアバターの技術。航空機で乗客を運ぶサービスと相いれないようにも見え、当初は疑問の声も上がっていた。

 ―航空会社がアバターに乗り出す理由は

 梶谷COO 深堀氏と2人で「アバターをやりたい」と言った時、「航空需要を置き換えるようなサービスを提案するのはどうなのか」などと、社内ではいろんな意見があった。今、パンデミックで移動を自粛せざるを得ない状況になっているが、人々は移動したい気持ちがなくなっているわけではない。違う形で実現できるようなプラットフォームを提供するのは、航空の世界と親和性があると思った。

ANAホールディングスが報道関係者に公開した、「アバター」技術を搭載したロボットを利用した買い物体験の様子=2019年12月、東京・日本橋

 ―航空のノウハウはどう生きるのか

 深堀CEO 航空会社は1日に何百ものフライトも安全に運航している。全然違う分野だが、何万台のロボットをどこに配置し、誰でも快適に使えるようにすることは、航空会社の日々のオペレーションスキルが生きるはずだ。例えば、自動車の自動運転はまだ普及していないが、航空機は何十年も前から自動操縦をしており、航空界は進化した業界だと感じている。こうしたオペレーションなどの技術をインフラとしてロボティクスの世界に持ち込むことは、メーカーの関係者から「メーカーにはできないだろう」と言われた。

 梶谷COO 人間中心の技術であり、サービス目線は非常に重要だ。今後、アバターを通じた「移動」という体験にわくわくしてもらい、価値を感じてもらえるように、サービスのレベルを上げていきたい。

 

 ▽パンデミックで活躍に期待

 全日空グループは昨年、新会社設立に向けたアバター準備室を立ち上げた。秋に発表したニューミーは人の形を模した形状で、高さは約1~1・5メートルの3種類。車輪が付いており、搭載のカメラが撮影した前方や足元の画像を見ながら、パソコンやスマホを操作して、遠くから自由に移動させることが可能だ。顔の部分のモニターに操作者が映り、対面で会話できる。

 新型コロナの影響で子どもたちが休校となった3月には、休館中の沖縄美ら海水族館の「遠隔見学」を実施。移動自粛が呼び掛けられたゴールデンウイークには、大分市内の商店街で「遠隔買い物」にも取り組んだ。石川県の加賀市医療センターでは「遠隔お見舞い」もできるようにした。

アバターロボット「ニューミー」(右)を使った遠隔買い物体験の様子=大分市(大分県提供)

 ―感染拡大の中、ニューミーはどういう場で活躍が期待できるのか

 深堀CEO 今優先しているのは医療機関。その日しかない卒業式や結婚式。高齢者の見守りなどいろいろある。まだまだ走り始めで50台ほどなので、優先順位を付けて提供しているが、問い合わせは世界中から集中している。

 梶谷COO 感染拡大より前から、教育や医療の分野で活躍できそうだし、意義があると考えていた。山奥に生まれた子どもは、なぜ先端医療やトップの先生の授業を受けられないのか。そういうボトルネックを解決したかった。

 ―テレビ電話など、既存の技術と違うメリットは何か

 深堀CEO 今、デジタルの世界は平面で閉じてしまっている。例えば、人工呼吸器をつけている人は、自分で携帯電話を操作できないとコミュニケーションが取れない。ニューミーは動き回れるので、家族が近寄って毎日話し掛けることもできる。

 医師や航空機の整備士にとっても、自分の経験値に基づき見たいところを見られるのは重要だ。タブレット端末で何かを見ようとしても、見る角度を自分で変えることはできない。誰かがカメラを向けるのではなく、自分の直感で見て、空間の雰囲気を含めて察することができる。

 梶谷COO 私は家にニューミーを置いているが、単身赴任中に子どもと遊ぶことがある。その間、妻はフリーになる。「分身」が別の部屋に存在しているから成り立つ。テレビ電話と圧倒的に違うと感じる。

 

蔦屋書店グループの店舗が実施した、アバターロボットを通じ本の案内受ける記者=東京都港区

 ▽アバターを「当たり前」の社会に

 アバター技術を活用したロボットの開発は、ニューミー以外でも進められている。離れた場所にいる人の動きを「二人羽織」のように体験できるタイプや、二足歩行できるタイプ、手の動きの忠実な再現できるタイプなどの実用化を目指している。手元の釣りざおを上げ下げすると、離れた場所のさおが一緒に動き、しなりの感触も手元に伝わる魚釣り体験ロボットもある。

 梶谷COO ニューミーに関しては、普及が引き続き課題だ。100、200台で解決できるものではなく、何千、何万台が普及しないとインフラはできあがらない。それを支える態勢を強化したい。技術はものすごいスピードで進んでおり、近い将来、手で作業できたり、屋外で走り回ったりというロボットも実現すると思う。

 深堀CEO コアの技術は世界トップでありたいが、全部自分たちでやるわけではなく、いろいろな企業がロボットを作ってくれるようになれば台数は増えていく。私たちがロボットを「ばらまく」のではなく、アバターが当たり前となるようなシステムを作っていくのが私たちの使命だ。

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アバターインの深堀昂CEO(左)と梶谷ケビンCOO=2017年5月、東京都港区で撮影(アバターイン提供)

 深堀 昂氏(ふかぼり・あきら)1986年群馬県出身。2008年、東海大航空宇宙学科を卒業し、全日空入社。パイロットの緊急時の操作手順などを設計する運航技術業務や、新たなパイロット訓練プログラム作成に携わった。

 梶谷 ケビン氏(かじたに・けびん)84年米シアトル出身。ワシントン大で航空宇宙工学を学んだ。ボーイング社に入り、ボーイング787開発チームで航空機の性能技術に関する業務を担当。10年に全日空に入社した。

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