リーマン時と異なり「円高リスク」が限定的と見る理由

コロナショックの前と後では、ドル円相場を取り巻く環境が大きく変わりました。早速、変化した点を整理しながら、今後の相場展開を予想してみたいと思います。


米国でマイナス金利導入観測が浮上

まず、言うまでもなく最も変化したのは金融政策です。中でもゼロ金利政策の復活や無制限の量的緩和策の導入を決めた米連邦準備制度理事会(FRB)の行動は迅速で大胆なものでした。さらには、中小企業向けに民間銀行を通じた無利子融資や地方債買い付けを柱とする最大2.3兆ドル規模の信用供与パッケージという前代未聞の政策も決定しています。
昨今、米国では経済活動の再開への期待が高まっていますが、新型コロナウイルス感染再拡大のリスクがあり状況は不透明です。また、デフレ懸念も台頭しており、さらなる金融緩和が必要となる可能性は排除できません。なお、市場では足元でマイナス金利導入を織り込む動きが見られ、トランプ米大統領がこれに支持を表明しています。

一方、FRBはマイナス金利について慎重な姿勢を示しており、5月13日の講演においてパウエル議長は、現時点で検討対象にないことを明言しています。FRBがマイナス金利に慎重な理由の一つは多額のマネーマーケットファンド(MMF)の存在です。

ちなみに昨年12月時点で米国のMMF残高は3.6兆ドルを超過しています。仮にマイナス金利導入によってMMFからの資金流出が進めば、金融市場にパニックを招く恐れがあるでしょう。MMFは多くの一般市民が利用しているため、負の影響は計り知れないものになるかもしれません。

結局、米国では他国に比べマイナス金利の導入は容易ではないと思われますが、トランプ大統領の支持を追い風に市場のマイナス金利織り込みが一段と進めば、FRBとしても無視はできないでしょう。市場の圧力に屈する形で、FRBがマイナス金利導入に追い込まれる可能性も決してゼロとは言えません。

仮に、米国でのマイナス金利導入が現実味を帯びてくれば、相応の円高ドル安圧力がかかることは避けられそうもありません。日本銀行も追随してマイナス金利の深堀を行うかもしれませんが、市場へのインパクトはそれほど大きなものにはならないと思われます。もし、最終的にFRBのマイナス金利導入が実現しなくても、思惑が燻り続ける限り、ドル円相場の重石となることが予想されます。

原油安は基本的に円高要因だが…

次に、原油価格の急落もコロナショックが原因です。需要の落ち込みが激しいため、主要産油国が大規模な減産を行ってもなかなか需給バランスが均衡しません。WTI原油先物が一時マイナス価格となったことは極端だとしても、原油価格がコロナショック前の水準に戻るには時間がかかりそうです。

原油価格の下落がドル円相場に与える影響ですが、日本の貿易収支の改善を通じて円高要因となると考えるのが普通です。ただし、短期的には輸出もかなり落ち込むことが予想されるため、貿易収支の改善が進まないかもしれません。日本の貿易収支を切り口にしたドル円相場の予想は一筋縄ではいかない可能性がありますが、少なくとも原油安が円安材料でないことは確かです。

日本勢の外貨資産取り崩しは“不要不急”

一方、ドル円相場だけを見ていると気づきにくいのですが、コロナショック後、ドルは非常に堅調な値動きとなっています。ドルの総合的な値動きを見るには実効為替レートを用いるのですが、下図のように今年に入り急騰しているのがわかります。

FRBの大量資金供給によって極端なドル不足は一巡したもようですが、いわゆる「有事のドル買い」は根強いようです。ちなみに、トランプ大統領は最近ドル高を支持する発言を続けており、このこともコロナショック後の大きな変化と言えるかもしれません。いずれにしても、「有事のドル買い」に対抗できる通貨は少ないのですが、その一つが日本円です。

日本が経常黒字国でかつ対外資産が豊富であることから、円は安全資産という見方が一般的です。何か危機が発生した場合、日本勢が海外の資産や利益を取り崩して本国に還流させる潜在的な可能性があることが、「リスクオフの円買い」の基本的な考え方のようです。

今回のコロナショックは2008年のリーマンショック以上の危機という見方が専らで、そうであれば、多額の外貨が円転されてもおかしくはないでしょう。他方、今のところリーマンショック時のような金融システム不安は生じていません。

つまり、日本企業の資金繰りに大きな支障がないと思われることから、外貨資産の取り崩しは“不要不急”かもしれません。コロナショックによって日本企業が内向きになる可能性は低いと見ています。

また、日本の機関投資家の国内での運用難もコロナショックの前と後とで全く変化はなく、今後、軸足を国内にシフトすることは考えにくいものがあります。

結局、日本企業や機関投資家による資金フローがコロナショックによって大きく変化することは想定していないため、ドル円相場は中期的に緩やかな円安基調となることがイメージされます。

<文:投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄>

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