フルスロットルの岩崎宏美、デビュー10周年にリリースされたハイスペック歌謡! 1984年 5月21日 岩崎宏美のシングル「未完の肖像」がリリースされた日

デビュー45周年、なおも新しいことに挑む岩崎宏美

2020年、デビュー45周年を迎えた岩崎宏美。彼女のスゴいところは、結婚や出産、さらには様々な病と向き合いつつも、ほぼ毎年のように新録アルバムを出し、ソロコンサートをはじめオーケストラやジャズピアニストの国府弘子との共演など、様々なライブを精力的に行ってきたことです。

残念ながら、デビュー記念日に開催予定だったコンサートは延期となりましたが、その当日に公式 YouTube チャンネルが開設されるなど、還暦を超えなおも新しいことに挑む姿には頭が下がる思いです。

ワースト記録ながら大推薦、デビュー10周年シングル「未完の肖像」

そんな岩崎宏美のデビュー10周年のスタートを切って発売されたシングルが、今回紹介する通算34作目となる「未完の肖像」です。本作は、作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄と、デビュー曲「二重唱(デュエット)」と同じ3人の作家による渾身のアップテンポナンバーで、テレビでも音楽系からバラエティー系まで幅広い番組で歌われました。しかし、オリコンでは初めて週間TOP50入りを逃し、売上枚数も2万枚以下と、それまでのワースト記録となりました…。

確かに「未完の肖像」は、具体的な恋愛の情景が思い浮かぶラブソングでも、はたまたスポーツや受験などの夢追いが明確なエールソングでもありません。実際、私がこれまでラジオ番組への出演やWebメディアでの取材の際におススメの1曲として聞き手の方に紹介しても、「聖母たちのララバイ」「ロマンス」「思秋期」といった大ヒット既定路線を期待されているのか、初めて聴く人には全く響かないことを何度も痛感してきました。それでもなお、私は「未完の肖像」に心を動かされてしまったので、人に推薦せずにいられないのです!!

萩田光雄の編曲、阿久悠ならではの語り口、EVEのパワフルなコーラス!

まず、バース(出だし)の部分から岩崎宏美の歌唱のレンジの広さに驚かされます。「♪ 誰でも一つだけは 物語が書けますね~」と優しく歌い出し、「♪ 愛も恋も描けーるー マーーイ、ストーーーリーーーー!」と、ドラマティックに歌い上げた後、萩田光雄の編曲によるスペクタクルかつゴージャスな演奏が始まり、本編の幕が開きます。例えて言うなら、前菜にうな重が出てくるような豪華さなのです。

そして、Aメロで人との出会いと別れを振り返ります。この辺りは、デビュー当時から岩崎宏美を見つめてきた阿久悠ならではの硬派な語り口が堪能できます。通常のポップスなら、ここは感傷的に静かに振り返る部分ですが、本作ではその時の流れの激しさを表現したのか、「エンドレスタイム!エンドレスナイト!エンドレスラブ!」と、メインボーカルを食ってかかるほどのパワフルなコーラスが入ります。そのコーラスこそ女性3人組のEVEです。EVEの凄さは、私の以前の記事『EVE「恋はパッション」昭和ポップスでインパクト抜群のコーラスグループ!』をご参照ください。

筒美京平ならではのテクニック、岩崎宏美のボーカルはフルスロットル!

続くBメロでは、そういった出会いと別れを「♪ 時代と云う名の いたずらでしょう」と表していますが、その言葉選びのセンスも見事だし、気障になりかねない言葉に説得力があるのも、10年間歌一筋に歩んできた岩崎の矜持を感じさせます。

そして、Bメロのサスペンス系洋画のサウンドトラックのような不穏なメロディーは、これまでの人生の険しさ、そしてこれからの人生のさらなる展開を予感させ、これまた筒美京平ならではの高度なテクニックを実感できます。

さらに、「♪ 今であるなら~」から始まるCメロでは、起伏のあるメロディーと、それを強調するエモーショナルなアレンジに、岩崎の幅広い音域での歌声が乗り、「♪ あっさり 捨てたこともあったーーーー!」と情熱的なロングトーンでサビに向かいます。

そして、サビでは、「♪ 時は流れ 日は移り変わり 今日から また始まる」とこれまでを総括した歌詞、クライマックスに向かって息が上がるほど高音が続くメロディー、そしてストリングス、EVEのコーラス、トドメに岩崎宏美のボーカルもフルスロットルのまま、1番の終わりを迎えます。

圧倒的なパフォーマンス、息つく暇もないハイスペック歌謡

ここまでの約2分10秒だけでも圧倒的なパフォーマンスで、まさに岩崎宏美のそれまでのキャリアがなければ成されなかったハイスペック歌謡と言えるでしょう。ちなみに、大サビ前に「♪ いつの日か あなた いい女だねと 云ってね」と、艶やかでしっとりとしたボーカルパートもあり、4分53秒のフルコーラスで聴けば、その歌声、詞、曲、編曲の凄さはよりいっそう深みを増します。

こちら聴き手は、聴いている間に息をつくことも、共感している余裕もなく、だからこそ、セールス的にイマイチだったのかもしれません。ですが、いい大人になった今だからこそ、より能動的に聴いてみてほしいのです。きっとこの歌の凄さを実感することでしょう。なにしろ、本作は、全く無関心な人もいる一方で、実際聴くことで「大好き!」と語る人も多いのですから。

なお、そのドラマティックな演奏や熱烈なコーラスを楽しみたい人は、CDアルバム『MY GRATITUDE -感謝-[+8]』、または配信アルバム『MY GRATITUDE -感謝-[+6]』のボーナストラックに収録されている「未完の肖像(オリジナル・カラオケ)」をオススメします。そのあまりの密度の濃さに卒倒するかもしれませんよ!

ちなみに、CDのブックレットの文字色は、1995年当時は白だったのですが、岩崎宏美自身が年齢を重ねてその読みづらさを猛省し、2010年以降は黒に変更しています。そんな細かな心遣いも岩崎宏美の素敵なところですね。ボーナストラックのないオリジナルをお持ちの方も、まだお持ちでない方も、ぜひ新しいバージョンをお買い求めになってみてはいかがでしょうか。

Song Data
■ 未完の肖像 / 岩崎宏美
■ 作詞:阿久悠
■ 作曲:筒美京平
■ 編曲:萩田光雄
■ リリース日:1984年5月21日
■ 推定売上枚数:1.4万枚
■ 100位内登場週数:4週

カタリベ: 臼井孝

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