WOMEN IN POLITICS 世界で活躍する女性政治家たち 蔡英文 中華民国(台湾)総統

こんにちは!NO YOUTH NO JAPAN です!

私たちは若い世代から参加型デモクラシーを根付かせるために、政治や社会について分かりやすく発信しています。

今回から始まる、NO YOUTH NO JAPAN の新連載「WOMEN IN POLITICS 〜世界で活躍する女性政治家たち〜」では各回1人、政治を舞台に活躍する女性を紹介していきます。世界全体でも3割に満たないと言われる女性の政治家。まだまだ十分に男女平等が達成されない世界の中でも、「女性」という枠にとらわれず、社会を引っ張っていく政治家たちの知られざる素顔に迫ります。一主権者として、また、未来の担い手である若者として、自らの代弁者となる政治家をどのように選んでゆくべきなのか。政治に関わる一人ひとりの人間の思いを知り、政治について、政治参画について、考えるきっかけを提供していきます。

今回は、今年1月に史上最多得票(817万票)で中華民国(台湾)総統に再選した蔡英文(さいえいぶん)総統を取り上げます(関連記事 台湾の総統選挙は今日投票。民進党の蔡英文氏・国民党の韓国瑜氏が事実上の一騎打ち)。

新型コロナウイルス対策においても早期に対策を開始し、その成果が評価されました(5月14日時点で感染者440人、死者7人)。連日の報道で彼女を見かけることも多かったのではないでしょうか。実は政治とは縁の無い家系に生まれ、学者から政治の世界に足を踏み入れた経歴をもつ彼女が、どのようにして世界と渡り合う台湾の最高指導者となったのか。そしてなぜ彼女の政治に対する姿勢が多くの台湾の人々に支持されるのかに注目していきます。

まちがってジャングルに跳び込んだ白ウサギ

蔡英文総統は、政治家になる前は国際貿易などを主な分野として研究する学者で、ロンドン大学政経学院大学院で博士号を取得したのち、台湾の国立政治大学で教鞭を執っていました。その後、友人に依頼されて入った経済部(日本の経済産業省に当たる)や行政院大陸委員会(当時の名称、対中問題を扱う政府機関)等を経て、2004年民進党に入党し、2008年に民進党の党首となりました。2016年に台湾史上初の女性総統に選出され、今年1月、再選を果たします。

もともと研究者であったという出自もあってか政治家としては口数が少ない彼女。聞き役に徹することが多かったため、考えていることを周りに理解されづらく、過小評価されながら歩んできた人だと言われています。一見すると軟弱で、迫力にかける彼女の政界入りは「まちがってジャングル(政治の世界)に跳び込んだ白ウサギ」のようだとメディアに揶揄されることもありました。

両岸関係のはざまで培った交渉手腕

そんな彼女に政治家になる上で非常に大きな影響を与えたのが、行政院大陸委員会において中国側との交渉にあたっていた時期です。当時台湾は「経済的には大国でも、政治においては小国」と言われていたように、台湾が中国と対等に貿易交渉その他の取り決めをする際には、1ミリの失敗も許されない慎重な姿勢が求められていました。そのような中で国際貿易に関する専門知識を有する彼女は、生来の冷静な性格も相まって、強腰で圧力をかけてくる中国側の意向に屈することなく、両岸関係の「現状維持」を徹底して貫いたと評価されています。

彼女が頑なにこの両岸関係の「現状維持」を重視したのは、台湾人の普遍的な民意を自覚していたからでした。それは中国との両岸関係が台湾人全員の利益と長期的な福祉に関わることであり、それが結果として台湾民主主義の意義を守ることになる、ということでした。この頃からすでに彼女は自分の交渉結果が、多くの台湾人の生活や人生に大きな影響力を与えることになるという責任を感じていたことが伺えます。

「空芯蔡」と言われて

2008年に現在の与党である民進党(対中独立路線を取る政党。野党である国民党は対中融和姿勢を取っている。)党首となってからは、その政策決定スタイルが注目されるようになります。彼女の政策決定における信条は、「その問題が重要であればあるほど結論を急がず、問題の核心が見えるようになるまで議論を繰り返し、異なる意見や立場を考慮した上で、政策の基礎作りをしていくこと」でした。

このように熟慮に熟慮を重ねて必要だと思われる政策を精査していく確実に打てる球しか打たない彼女のスタイルは、「政策指導に方向性がない」「妥協好き」「軟弱で迫力不足だ」などと批判されることもありました。そんな彼女に「空芯蔡」(「中身が空っぽの蔡」の意。茎の部分が空洞の野菜の空芯菜と発音が同じ。)のレッテルを貼られることは今でもあるといいます。

しかし、彼女自身はそんな批判を一蹴するようにこう言い放ちます。

「実行可能だと判断すればそのように言います。実行の手立てがないのに実行できるとは絶対に言えません。」

政治の世界は口でものを言うよりもまず実際に行動すること。できる見込みがないことを軽々しくできると言わない。これは彼女の選挙戦の戦い方にも表れていて、終盤になるとよく見られる、ネガティブ・キャンペーンのように相手の弱みをつく方法は好まず、人々は政治家に問題を解決することだけを望んでいるのであり、自分はそのために立候補しているのだということを常に意識すると言います。このことを誰よりも心に止め、批判も覚悟の上で自分の現実的なスタイルを貫く姿勢は、次第に多くの人々に受け入れられていくことになります。

「台湾に蔡英文がいなくてもいいのです。」

多くの人々の心を掴んで政策を実行していく政治家にも、生まれながらの家柄や実力に頼るのではなく、経験を積んだ上で自らの内面と真摯に向き合い、ひとつひとつ鍛錬していくことが不可欠で、彼女自身もこのことを深く自認し、自分の貫くスタイルがうまくはたらかないと気づいたときは、より良い方法に変えていくという自省も忘れませんでした。

政治家になって地方を遊説して回るようになった頃のこと。今までの専門的性格をもった仕事(貿易交渉等)とは一線を画し、多くの台湾人民の掌を握ってその声に耳を傾けた経験は、政策決定の際に責任を強く感じる要因となったといいます。今まで相手にしていたマニュアル的な「規則」とは違い、庶民の「熱気」を直に感じたことが、彼女に政治的なエネルギーを与えたと言われています。そんな彼女を象徴するのが、以下の言葉です。

「台湾に蔡英文がいなくてもいいのです。しかし台湾にあの人たちがいなかったら、台湾は空っぽになります。」

自分を客観的に捉え、指導者として何を大切にしているかが表れている一言です。

成熟した民主が生んだ、台湾の新時代

今年1月再選を果たし、二度目の任期を迎える蔡英文総統。2016年に初めて総統に選ばれてから4年の間には、野党国民党の中国に対する経済的な融和姿勢に世論が傾くこともあり、決して順風満帆とは言えない1期目でした。2期目の再選には、昨年香港で起こった逃亡犯条例に反対する市民デモ(関連記事 香港デモ、これだけ押さえよう! どうして若者は声をあげるのか(NO YOUTH NO JAPAN))の中国側の対応に、多くの台湾人が不信感を招いたことも追い風になったとする見方が有力です。しかし、今回の総統選の投票率は74.90%で史上最多得票を記録しての再選だったこと、そして喫緊の課題である新型コロナウイルス対策に成功し、支持率も7割近くに迫っていることを踏まえると、台湾の人々の蔡総統に対する期待は高まっており、2期目の政治手腕にも多くの人が注目していると見ることができます。

2012年の総統選に敗れ、地方を巡る中で彼女は、台湾が二度の政権交代を経て、民主的に高度な開放社会になり、民衆がかなり高いレベルで自主性を持つようになってきたこと、それに伴って政府に対する期待感も高まってきたことを感じたとしています。先の総統選挙の投票率からも台湾の人々の政治に対する関心が高いことも読み取れ、「民主」を至上命題とする蔡総統の下で、台湾社会の民主主義がさらなる成熟を遂げていく過程は、国際社会からも注目されることとなりそうです。

彼女はリーダーとしての心構えについて、こう語っています。

「よき国家指導者となるための私の信念は、民主主義の価値を断固守り、国全体が結束し、対立を解消し、台湾を進歩に導くばかりではなく、この土地を深層まで理解して保護し、次の世代のために誠心誠意奮闘する心映えがより重要だ、ということである。」

2度目の任期は5月20日からスタートします。

NO YOUTH NO JAPANでは、これからも様々な入り口から政治と若者をつなげていく活動をしていきます。

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【参考文献】

張瀞文『蔡英文の台湾』毎日新聞出版、2016年

時事通信社、時事ドットコムニュースhttps://www.jiji.com/jc/article?k=2020032700950&g=int   (参照2020-5-1)

朝日新聞社、朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/DA3S14345914.html?iref=pcssdate (参照2020-5-1)

(文=宮坂奈津)

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