ロフト創始者・平野悠の著書『セルロイドの海』『定本 ライブハウス「ロフト」青春記』が6月上旬に2冊同時刊行!

ライブハウス「ロフト」の創始者である平野悠が、自身初の恋愛小説『セルロイドの海』と、ロフトの黎明期を綴った『定本 ライブハウス「ロフト」青春記』を6月上旬に同時刊行する(発行:ロフトブックス、発売:世界書院)。

『セルロイドの海』は、平野が自身三度目となるピースボートの渡航で体験した劇的な《70歳の恋》をテーマにした恋愛小説。

船内で出会った女性との“恋という名の革命”を主軸に据え、同じ船内で知り合う数々の老輩との交流を通じて人生の終活期をどう過ごすべきかを考え、晩秋に差し掛かった自身の人生航路を改めて見つめ直すという、恋と海と風をテーマにした《航海文学》だ。

カバー帯にはいとこの平野レミ(料理研究家)からのコメントが掲載されている。

「悠ちゃん、これ面白いよ。表紙が可愛いよね。70歳の恋って、いいね。一気に読んでしまったな」──平野レミ(料理愛好家)

一方、『定本 ライブハウス「ロフト」青春記』は、2012年に講談社より刊行された『ライブハウス「ロフト」青春記』に加筆・修正を施し、新刊として再編集したもの。

まだ「ライブハウス」という言葉すらなかった1970年代初頭、千歳烏山に「ロフト」をオープンして以降、坂本龍一、山下達郎、浜田省吾、サザンオールスターズ、BOØWY、スピッツなど、日本のロックのパイオニアを数多く輩出してきた音の「ゆりかご」=ロフトの創成期を創始者自身が書き綴った渾身のクロニクルだ。

烏山(1971年3月)、西荻窪(1973年6月)、荻窪(1974年11月)、下北沢(1975年12月)、新宿(1976年10月)、自由ヶ丘(1980年6月)と、9年の間に6店舗の「ロフト」を矢継ぎ早にオープンさせ、手探りのまま独自のコミュニケーション空間を構築していく様と知られざるミュージシャンたちの横顔は興趣が尽きない。

なお、6月中旬には2冊の刊行記念イベントの配信をロフトチャンネルで予定している。

【著者略歴】

平野 悠(ひらの ゆう)

1944年8月10日、東京に生まれる。ライブハウス「ロフト」創始者、またの名を「ロフト席亭」。

1971年、ジャズ喫茶「烏山ロフト」をオープン以降、東京になくなってしまったロック・フォーク系のライブハウスを開業。1973年「西荻窪ロフト」、1974年「荻窪ロフト」、1975年「下北沢ロフト」、1976年「新宿ロフト」、1980年「自由が丘ロフト」を次々とオープンさせた後、1982年に無期限の海外放浪に出る。

5年にわたる海外でのバックパッカー生活(100カ国制覇)を経て、カリブ海の島・ドミニカ共和国にて市民権を獲得。1987年に日本レストランと貿易会社をドミニカに設立。1990年、大阪花博のドミニカ政府代表代理、ドミニカ館館長に就任。1991年にドミニカ完全撤退、1992年に帰国。

1991年、「下北沢シェルター」をオープン。1995年、世界初のトークライブハウス「ロフトプラスワン」をオープンし、トークライブの文化を日本に定着させる。2004年に「ネイキッドロフト」、2007年に「阿佐ヶ谷ロフトA」、2014年に「ロフトプラスワンウエスト」、2018年に「ロックカフェロフト」と、近年はトークライブハウスを次々とオープンさせている。

著作に『旅人の唄を聞いてくれ!〜ライブハウス親父の世界84カ国放浪記〜』(1999年、ロフトブックス刊)、『ニッポン放浪宿ガイド200〜人生を変える旅、運命を変える宿〜』(2005年、山と渓谷社刊)、『TALK is LOFT〜新宿ロフトプラスワン事件簿〜』(2017年、ロフトブックス刊)がある。

古希を過ぎてこだわっているテーマとして「音楽」「旅」「政治」「脱原発」を掲げ、日々それらとふれあい続けて今に至る。

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