コロナ下で〝大規模〟展覧会は開催可能? 昨年は60万人超集客…一転「まぼろし」の例も

パリ・ルーブル美術館の「ミロのビーナス」が東京・上野の国立西洋美術館で公開された。東京五輪開催を祝しフランス政府が海外に初めて貸し出し、連日押すな押すなの大混雑だった=1964年4月8日

 新型コロナウイルスの感染拡大により休館を余儀なくされていた美術館や博物館が再開の動きを見せ始めている。その一方で、緊急事態宣言が解除された地域であっても大規模なイベントの中止発表が相次ぐ。そうなるのと気掛かりなのは、海外の著名画家の作品や国内の至宝を集め会期中に数十万人規模の来場者を呼び込む展覧会の行方だ。東京・上野などで毎年のように開かれており、今年も「史上初」などと銘打たれた会が目白押し。既に中止に追い込まれた例もある中、従来どおりのあり方を維持できるのだろうか。(共同通信=松森好巨)

 「#まぼろしの展覧会」―。4月後半、ツイッターでこんなハッシュタグが登場した。使い始めたのは上野にある東京都美術館の公式ツイッター。新型コロナの影響により中止となった「ボストン美術館展 芸術×力」の担当学芸員が、開かれるはずだった展示にちなむクイズなどを始めると告知する投稿に添えられていた。

 米ボストン美術館のコレクションから、権力者と芸術との関わりをひもとくことを意図した同展。予定では4月16日から7月5日まで開催予定だったが、3月下旬に開幕の延期が決定し、4月17日に中止が発表された。感染拡大の影響により米国から作品輸送のめどが立たなかったためだという。同展は21年1月にかけて福岡市美術館と神戸市立博物館に巡回する予定だったが、いずれも中止となっている。

 予定していた会期が丸ごと中止になった展覧会はほかにもある。

 東京国立博物館で3月13日から5月10日まで開催予定だった特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」は4月10日に中止が決まった。同展公式サイトによると、同博物館は感染防止のため2月末から臨時休館となっていたが、政府による緊急事態宣言を受けて開幕を断念したという。

東京都美術館前の掲示板には「ボストン美術館展」の中止を案内する張り紙があった=5月、東京・上野

 密閉、密集、密接の3密回避の重要性が叫ばれるようになった2~3月以降、室内に大勢の人が集まる施設の大半が営業を自粛。美術館や博物館もまた室内で展示品を鑑賞するのが基本であり、規模の大小を問わず多くの施設が休館していった。

 そもそも、美術館や博物館にはどれだけの人が集うのか。この点、二つに分けて考える必要がありそうだ。収蔵品を常時展示する「平常展」や「常設展」に関しては、普段から上野をよく訪ねる記者の実感ではあるが、土曜や日曜であっても混雑することは少ない。

 他方、一定期間だけ開かれる特別展になると事情は異なる。

 例えば、上野の森美術館(東京・上野)で18年10月から19年2月まで開催された「フェルメール展」は約68万3千人の来館者を記録(日時指定入場制を採用)。ほぼ同じ時期に東京都美術館で開かれた「ムンク展」には約66万9千人が訪れた。さらにさかのぼれば、16年4月に同美術館で開幕した「若冲展」はわずか1カ月の会期中に約44万6千人を記録した。

 ちなみに、記者が若冲展を訪ねた際は入場までに約4時間要した上に、会場内は最初から最後まで文字通り人の山。当時を振り返っても、展示作品よりもその混雑ぶりが強く印象に残っているというのが正直なところだ。

 翻って「withコロナ」などと呼ばれる昨今、このような桁違いの人が集う〝大規模〟な展覧会は実現可能なのだろうか。

 問題を大きくしてもいけないので、まずは目前にある注目の展覧会から。

 国立西洋美術館(東京・上野)で開催予定の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は、世界屈指のコレクションを誇る英国の歴史ある美術館が、史上初めて館外で開く大規模な作品展だ。フェルメール、レンブラント、ゴッホ…。名だたる画家の作品約60点が初来日するとあって美術ファンの期待は高まるばかりだったが、3月3日から6月14日の予定の会期は、新型コロナの影響により開幕が延期したままとなっている。

 同展公式サイトは開幕の見通しが立ち次第、サイト上で発表するとしている。ただ、予定していた講演会などのイベントが中止となったり、前売券の払い戻しの受け付けを始めたりと影響が広がっている。

「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が開催予定の国立西洋美術館=5月、東京・上野

 擬人化した動物たちを躍動的に描いた国宝絵巻を紹介する「国宝 鳥獣戯画のすべて」は、東京国立博物館で7月14日~8月30日で開催予定となっている。同展では、甲・乙・丙・丁の4巻から成り、合計44メートルを超える「鳥獣戯画」を展覧会史上初めて巻き替えせず、4巻の全場面を通期で一挙公開。最も有名な甲巻は「動く歩道」に乗っての観覧とすることなどを発表し話題になっていた。

 新型コロナによって開催に影響は出るのか。同展公式サイトを確認しても特に言及はされていないが、予定していた前売券の発売を「期間未定」で延期すると明記されていた。

 ▽商業化していった展覧会

 〝史上初〟などと耳目を引く大規模な展覧会が毎年のように開かれるようになった経緯については、三菱一号館美術館の高橋明也館長が2015年に著した「美術館の舞台裏」(ちくま新書)が参考になる。

 同書によれば、海外の有名作品を目玉にした展覧会は1950年~70年代ごろから美術館と、「海外との太いパイプ」と「資金力」を併せ持っていた新聞社との連携によって生み出された。80年代以降は放送局も加わり日本独自の「マスコミ主導型」展覧会のスタイルが確立。こうした動きは90年代になると拍車がかかり、展覧会は「商業化の道」をたどっていったという。この点、同書は「来場者数をまず念頭に置いた大量集客の展覧会づくり」とも記している。

 こうした歴史的な経緯を踏まえた上で、いま少し考えてみる。新型コロナウイルスの終息が見通せないなか「大量集客」を見込んだ展覧会を来年、再来年とスケジュール立てていくことに困難が伴うであろうことは容易に予想が付く。もし開催できたとしても、大幅な入場制限などにより以前のような収益を見込めないのではないか。すると、巨額の予算を組んで海外の有名作品を招聘(しょうへい)することも難しくなっていくだろう。

 〝コロナ下〟での美術館や展覧会のあり方について、現場にいる学芸員はどのような姿を描くのか。山梨県内のある美術館に勤める学芸室長は「作品の借用前提で展覧会や展示室をつくっていると、今回のような急な事態に対応できない。会期や展示の仕方を柔軟に変更できる収蔵品を中心とした常設展に力を入れていくことが、持続可能だと思う」と話す。

 勤める美術館は緊急事態宣言の解除以降、日本博物館協会がまとめたガイドラインなどを参考に感染対策を徹底し営業を再開。待ちわびた地元の人たちが足を運んだという。こうした地域の人たちとの結びつきが一層大切になる―。そう語った上で次のように続けた。

 「もちろん収益も大事ではあるけれど、これからは『量より質』を意識していくべきだ。そのために、これまで以上に地域と連携して地元に暮らす人たちが求める展示を工夫していく必要がある。美術館や学芸員の力量が一層試されることになっていく」

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