映像配信中『ワレワレのモロモロ』のソモソモ ハイバイ岩井秀人とのQ&Aもどうぞ

『ワレワレのモロモロ 東京編』から『きよこさん』。川面千晶(左)と、きよこさんを演じる平原テツ

▼「あなた自身がひどい目に遭ったことを劇の台本にして、自分で演じてみましょう」と言われたら、どうでしょう。

▼筆者の私などは思った。「そんなに私の人生、劇的じゃないしなー。あ、子どもの頃、車にはねられた。2回。でもおかしみないよなー、あの時、ひと言もしゃべってないし。中学の時、小柄な男の音楽教師が暴力教師だったな。いつも、どこで買ったんだか、座禅を見守るお坊さんが使う警策を持ってて肩をコンコンしながらパトロール気取りで、廊下を走ってる生徒を見つけただけで、正座させて背中ぶったたいて。音楽の授業中、アイツのそういうやり方に私は「おかしいだろ」って声を上げたら、「誰だ今言ったの、出てこい!」。黒板の前に呼び出された。「おうおう、そうやってまた俺を殴るのか」って聞こえよがしに呟きながら階段状の音楽室を下りていったら、案の定、思いっきりビンタされたなー。私はビンタをかわそうと思えばかわせたし、サッカー部だから蹴り倒したかったけど、あえて無抵抗で殴られてやった。耳がキーンとして、そこからショパンのレコードなんて聴こえるかよ。ベートーベンにしろ。でも、岩井さんみたいに暴力親父と家族のバラバラギクシャクとか、4年間引きこもってた時の家族の会話とか、そういうドラマになる気がしないよなー。だいたい、たいていの人は人生そんなもんじゃないのか。じゃあ今日の芝居はそんなに期待しないほうがいいな」

ブツブツ言って負のらせん階段を下りるように2016年12月、東京・JR大崎駅から階段をトボトボと私は下りて、観劇のためにアトリエヘリコプターへとテクテク歩いた。

▼その時に見た、岩井秀人主宰の劇団ハイバイ公演『ワレワレのモロモロ 東京編』(略称『ワレモロ』)の収録映像が今、5月29日までネット配信されている。1週間視聴するだけなら550円。俳優たちが、自身のしょっぱい経験を基に脚本を書き、自分の役は自分で(荒川良々は自分の父親を)演じた全部で7話(プラス最近リモート収録した1本)。構成・演出を岩井が務めた。

▼この公演、身構えることなくニュートラルに見ていけて、満喫できる舞台だった。『深夜漫画喫茶』(作・師岡広明)は私にはいちいち衝撃。漫喫で夜中に働く師岡ら男たち店員同士の会話、立ち方、目にする光景、関わる客・・・。これはNHKの『ドキュメント72時間』では放送できない実態だ。

▼『きよこさん』(作・川面千晶)は、ホステスをしていた時の川面と、ベテランホステスきよこさん(平原テツ)らの話。この劇からはイロイロと読み取る喜びがあった。笑わされて、一瞬泣かされそうになってまた笑わされた。ハイバイらしさを感じる一本。

▼話のタイプはさまざま。出来事の面白さあり。出会った人物のキャラクターの面白さあり。それらに対する主人公のリアクション、リアクションへのリアクション、枝分かれの仕方が、見ている私の共感を呼ぶ瞬間もいいが、未知なるジグザグがある劇には揺さぶられる。発見がある、理解したくなる、モヤモヤは大事に持ち帰る。『深夜漫画喫茶』や『きよこさん』はジグザグに加えて、店の客前とバックヤードという表と裏の場が交錯していて、おかしみが倍倍になった。

▼脚本を書く立場を想像すると、フィクション創作の場合、自分を投影した役の言動なら書くのは容易だが、それ以外の役人物の言動を生み出すのは苦労する。でも、自分の周りで起きた実話でいいなら、そのままに書けばいい。

▼「Based on a true story」と字幕を出して始まるのはハリウッド映画もお得意のやつ。「実話」の担保力は強い。ただ、映画が発したことを鵜呑みにするのは危ういぐらいに、脚色されていることが、ままある。では『ワレモロ』はそもそもどう作ったのか。今回の映像配信を機に、始めたご本人に質問を送って、答えてもらった。

☆筆者:岩井さんは俳優さんたちの脚本執筆段階からサポートしたのでしょうか?

★岩井:脚本執筆段階でサポートする場合もあります。基本的には最初に口頭でいくつかの話を提供してもらい、その話を元に、一人称で小説っぽいものを書いてもらい、その後、必要な分だけ、役人物にセリフをふっていくかんじです。

☆筆者:岩井さんは、どんな話でも演劇にできるから大丈夫、というスタンスで取り組まれたんでしょうか。それとも「この話は演劇になるな。いけるな」という感覚があって判断されていたのでしょうか?

★岩井:「この話は演劇としての面白さを持って台本化できるな」と思ったものを選んでいます。ジュヌビリエ版(※筆者注:フランスで外国の方々と作ったワレモロ)だけはそうはいかなかったですが。

☆筆者:実話とはいえ、観客に見てもらうために「脚色」する範囲はどの程度か、ありますでしょうか。あるいは脚色はほぼせずに、演じ方を「演出」されるのでしょうか。

★岩井:物語や出来ごとはほぼ手を付けないです。本人が演じるので、そこは嘘をつかせるような方向へは持っていかないです。演出としては、ぼくが「その話を初めて聞いた時のインパクト」を再現するようなイメージで作っています。

☆筆者:『きよこさん』について、実話度は何%? と言いますか、脚本段階、演じる段階で、岩井さんがどのように関与されたのか、一端でも教えていただけたら幸いです。

★岩井:実話度は100%ですね。川面が全て書いて、台本は全く手を付けていないです。こまかなセリフは、稽古場で多少いじったかもしれませんが。(きよこさんを)男性が演じるので、その面白みをだすための言葉選び等はしなおしていると思います。

☆筆者:今回配信されている公演で演じているのは俳優さんたちですが、その後、俳優ではない方々とも『ワレモロ』を作ってこられました。俳優さんか、そうでない方々かで、大きな違いは、どんなところにありますか。

★岩井:アマチュアの方とやる時は「話をえんじてもらう」という感覚です。人生の一部を共有させてもらう感じです。俳優とやる時は、もっとドライというか、話をもらったら、その後は僕の演劇作品作りとして、そこからは割り切って俳優と演出家になるイメージです。

☆筆者:岩井さんは「ワレモロ」を作るとき、何を心の中心に置いて関わっているでしょうか。

★岩井:アマチュアやゴールドシアター(※高齢者による『さいたまゴールド・シアター』のこと)、ジュヌビリエの場合は、演じる本人が納得いくことがとても大事だと思います。もちろん俳優相手でも「演じる」ことに対しては納得してもらう必要はありますが、少し種類が違います。アマチュアの人にとっては、とてつもなく大きな経験になると思うので、それが辛いものにならないように細心の注意を払います。特にトラウマの様なものを扱う場合は。

☆筆者:昨年(2019年)秋のトークイベント『岩井のモロモロ』の場で、岩井さんはフランスでの『ワレモロ』の様子を写真と共に紹介し、最後に「『ワレモロ』はライフワークにしていきたい」という旨の発言をされていました。『ワレモロ』を長く続けたいと感じる大きな理由はどんなことでしょうか?

★岩井:まだわからないです。人の数だけ、それ以上に「ものがたり」が世界中にあるので、一生続けられるとおもっているのが大きいです。僕が他人に興味を持ち続けられる限り、作品を一緒に作っていけますし、もともとコミュニケーションにおかしなところがあった自分なので、そうやって「ワレモロ」を続けていきながら、自分のカウンセリングも進めていっている様な感覚です。

☆筆者:最後に、フランスで制作・上演した際も『ワレワレのモロモロ』の直訳に近いようなタイトルを掲げて行われたのでしょうか?

★岩井:日本語はとても特殊なようで、『我々の諸々』ではなく、『ワレワレのモロモロ』と書いた時に意味合いが変わります。なので、フランス語に意味合いごと含めて訳すことは不可能と言うことで、劇場の人達の強いすすめもあって『WAREWARE NO MOROMORO』というタイトルになりました。僕も感じましたが、劇場の人達も「アフリカ感強いよね」って話してました。

ただ、チラシやポスターなどで、タイトルの後に、「nos histoires」(わたしたちの歴史)とつけられました。『WAREWARE NO MOROMORO』だけだと、さすがになんの演劇だか分からないので。(※Q&A終わり)

▼今年の米アカデミー賞授賞式で映画『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督は、客席にいたマーティン・スコセッシ監督の『最もパーソナルなことが最もクリエイティブだ』という言葉を若い頃に知り、深く胸に刻みました、とスピーチして喝采を浴びた。『パラサイト』はいわゆる実話ではないが、これを作らずにいられない、これが好きだ、私にはこう見える・・・、どんなに極私的でもそれこそが最も創造的なのだというお話。

▼岩井のデビュー作『ヒッキー・カンクーントルネード』は、岩井が16~20歳まで、対人恐怖、視線恐怖で自宅に引きこもっていた時の話。岩井のプロレス練習(ごっこ?)に付き合ってあげる妹、長く続く引きこもりを心配する母。引きこもっている人を外に出すことを手助けする「出張お兄さん(元・引きこもり)」を、母が連れてきて起きるあれこれ。岩井にとっては閉じた日常だったことを、開いて演劇にして見せてみたら、観客の心も開いて、笑って泣き笑って、共有された。

▼劇中、主人公は「暑いな、暑くないけど」と、誰にともなく言う。玄関のドアより肥大化した自意識のかけらがポロポロと口をついて出て、即それに自分が反応する状態だろうか。先般、当コラム欄でも紹介した演劇新形態『いきなり本読み!』の演出をする中で、岩井はその状態を「ノッキングしている」と呼んだ。私は引きこもったことはなくてもその状態を既に経験していた気がしてハッとしたし、「ノッキング」という言葉化は新鮮だった。岩井が演劇にして開かなかったら、およそ真に迫って共有されることなく奇異な言動として済まされてしまう、個人的な、細部かもしれない。

▼ワレモロを配信映像で見返していたら、最後、エンディングに、キリンジの曲『エイリアンズ』を流したくなった。『ワレワレのモロモロ』、いいタイトルだ。(敬称略)

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第136回=共同通信記者)

映像の配信概要は下記。

【配信期間】2020年5/16(土)〜5/29(金)23:59

【料金】レンタル 550円(税込) ※1週間視聴可能 / 購入 2500円(税込)

http://ware.mobi/2020/05/16/waremoro-haishin/

【ワレワレのモロモロ 東京編】 

2016年12月10日(土)~12月23日(金・祝)@アトリエヘリコプター

構成・演出:岩井秀人

出演:荒川良々、池田亮、岩井秀人、上田遥、川面千晶、永井若葉、長友郁真、平原テツ、師岡広明

【特典映像『金子の誕生日』】

『ワレワレのモロモロ』の走りとなった岩井の書き下ろし作品『金子の誕生日』。

岩井秀人と親友・金子、ふたりの忘れられない誕生日サプライズを旧・現ハイバイ劇団員がリモート収録で集結。

作・演出:岩井秀人

出演:岩井秀人、金子岳憲、川面千晶、永井若葉、平原テツ、諏訪雅(友情出演)

© 一般社団法人共同通信社