コロナ禍からの経済回復を阻む「足かせ」の正体

米国株市場の反発が続いています。新型コロナウイルスのワクチン開発が進んでいるとの報道があった5月18日に、S&P500指数は約3%の大幅高となるなど、20日には4月末の高値水準を超えて上昇。年初来の騰落率は約マイナス8%程度で、他の多くの株式市場を上回っています。

相対的な米国株の強さの最大の要因は、米国において金融財政政策が強力に行われていることでしょう。家計への所得補償を中心に、GDP対比8%以上の財政政策がすでに実現しています。

また、新型コロナウイルスの治療薬やワクチンなどの研究が民間企業によって行われていますが、政府の支出拡大が開発を後押ししています。治療薬やワクチンがいつ開発できるか現時点で不明ですが、これらを量産できる生産体制構築を早くも米政府は進めています。


経済正常化はいつ実現するのか

政府と民間が一体となったウイルス対策をうけて、金融市場では、新型コロナウイルス克服そして経済正常化が実現するとの期待を高めています。米政府は、公衆衛生政策を徹底するために、財政支出を惜しまず増やしていることが評価されていると言えます。

また、大統領選挙を控えているため、トランプ政権が極めて大胆な政策を行っている、という政治的な側面もあるでしょう。

5月中旬から日本でも緊急事態宣言が解除されつつありますが、米国を含めた主要先進国において、コロナ禍による広範囲な活動停止という経済的な最悪期は終わり、経済再開フェーズに入っています。米国の株式市場は、ワクチン開発を含めた経済再開を象徴するさまざまな出来事にポジティブに反応してきました。

今後、金融市場は、どの程度のスピードで経済活動再開が続き、いつの時点で経済正常化が実現するのかを見定めるフェーズに移ると予想されます。

筆者は、財政政策を大規模に発動している米国でも、経済活動再開はかなり緩慢に進み、またウイルスへの対処に関して当局の対応は試行錯誤が繰り返される可能性が高いと見ています。米国での経済再開がスムーズに実現しないことが、米国株市場のリスク要因になると警戒しています。

もう一つの米国株市場のリスクは、米国の国外にあると考えています。多くの米国の大手企業はグローバル展開しているため、企業業績は国内経済だけではなく世界経済の影響を受けます。そして、世界中が3月から経済活動の制限で深刻な落ち込みとなっています。

<写真:ロイター/アフロ>

欧州の不十分な金融財政政策

一方で、米国以外の多くの国において、金融財政政策による対応が不十分にとどまっていることが、2021年にかけて世界経済復調の大きな足かせになり、米国の企業業績そして株式市場の大きなリスクになると筆者は考えています。

欧州では、新型コロナウイルスによる人的被害が極めて大きくなっており、各国政府は財政政策を行っています。ただ、財政政策の規模は限定的で、多くが金融機関や企業への融資対応で、所得補償などの財政支出の規模はGDP対比で2%程度に止まっています。

金融政策ですが、ECB(欧州中央銀行)は危機対応の国債購入拡大を行っていますが、イタリア、スペインなどの国債金利は高止まったままで十分効果を発揮していません。

新型コロナウイルスの被害が甚大なイタリアやスペインでは国債発行が今後大きく増える見込みですが、ECBによるこれら周縁国が発行する国債購入が、他のEU諸国の反対などで不十分にとどまるリスクが大きいためです。

これは、2010年代初頭に深刻になった欧州債務危機と同様の、ユーロシステムが抱える根本問題です。景気悪化に直面しても財政規律の制約があるため、各国の裁量によって必要な財政政策が、財政黒字となっているドイツなど以外で発動されないのです。

5月19日に、ドイツとフランスは、5,000億ユーロ(ユーロ圏GDP対比約3.5%)規模の復興基金の設立で合意しました。これは望ましい動きですが、基金設立の合意に至っただけです。

基金の使い方などについて今後の協議が必要で、実際に財政支出が発動されるのは2021年までずれ込む可能性が高いと筆者はみています。また基金の使い道も今後固まるとみられますが、イタリアなど南欧諸国が必要とする財政政策発動に利用できる可能性は高くないでしょう。

このため、イタリアやスペインの長期金利が高止まった状況が解消されず、そして欧州全体で見れば、甚大な景気の落ち込みに対しては十分な財政政策が行われないと筆者は予想しています。

「封じ込め成功」の中国にも足かせ

さらに、中国においても金融財政政策が不十分にしか行われないリスクが大きいとみています。同国はコロナウイルス感染の封じ込めには短期間で成功したもようで、製造業を中心に各国に先駆けて一足早く経済活動再開が始まっています。

ただ、ソーシャルディスタンスの徹底を余儀なくされ、サービスを中心に個人消費は危機前の状況にはほど遠い状況です。

そして、1〜3月期の大幅な経済の落ち込みによって、労働市場では大幅な雇用削減が起きたと推測されます。政府の公式統計である失業率は若干の上昇となっていますが、これが労働市場の状況を正確に表していないというのは金融市場では常識でしょう。

また、中国政府における財政政策の対応において、米国のような家計への大規模な所得補償は行われていません。一部企業への減税、医療体制の拡充などに限られており、経済全体に政策効果が行き渡っていないと言えます。

金融政策についても、操作対象となっている政策金利の一つである7日物リバースレポレートは、2019年11月からわずか0.25%引き下げられただけです。事実上引き締め的な金融政策が続いているとみられ、この政策対応が中国経済の大きな足かせになっていると筆者は見ています。

そして、財政政策が不十分に止まっているのは日本も同様です。中国やイタリアと比べれば大規模な財政政策は行われつつあります。ただ、第一次補正予算のうち所得補償が紆余曲折を経て決まりましたが、景気の落ち込みを直接補う分はGDP対比約3%の15兆円程度に止まっています。

今後、第二次補正予算によって若干の上乗せは行われると予想されますが、すでに米国で実現している対応と比べると財政政策の規模は小さく、欧州や中国同様に戦後最大規模の経済の落ち込みに対して、不十分かつ遅れた対応に止まると予想しています。

以上をふまえると、米国以外で財政金融政策が不十分に止まり、コロナ禍以降の経済回復の足かせになることが、米国を含めた株式市場の大きなリスクになると警戒すべきでしょう。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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