<甲子園中止の衝撃・上>宮古主将「何も考えられない」 兄の悔しさと島の期待、応える準備できていたのに

©株式会社琉球新報社

 甲子園中止の一報はいつもの素振り練習の最中だった。一夜明けた今も気持ちの整理は追いつかない。宮古の笠原秀太主将は「これから何に向かっていけばいいのか。今はまだ何も考えられない」と幼少期からの夢を突然奪われた喪失感と戸惑いでいっぱいだった。新型コロナウイルスの影響で決定した夏の甲子園(全国高校野球選手権)の中止は、地域の期待を背に夢の舞台に懸けてきた球児たちの心を大きく揺さぶっている。

■初の甲子園へあと一歩

 春季大会は4割1分9厘と4強の中で最も高い打率で勝ち上がった宮古。切れ目なくつながる打線や堅守、後半の粘り強さなどナイン全員が”島悲願の甲子園”に向け、手応えを感じていた。春夏を通じて甲子園の出場はないが、笠原は「今年こそ行ける」と、春の大会で得た経験を大きな自信にしていた。

 兄の崚央は2015年、春季大会初の決勝進出を決めた際、中軸として活躍した。兄を間近で見てきた笠原にとって優勝に懸ける思いは人一倍強かった。5年前は優勝にあと一歩届かなかったが「自分たちの代が優勝旗を持って帰る」と地域の期待を背負っていた。

 準々決勝を終え宮古に帰る飛行機内や親戚たちからは「頑張って、優勝期待してるよ」と多くの声援をもらった。県内感染者数の広がりを受け、春季大会は準決勝以降が無情にも打ち切られ、”不完全燃焼”で終わったが「夏の沖縄大会、甲子園がある」と信じ、休校中も毎日欠かさずトレーニングを続けた。

■喪失と戸惑い

 「いよいよ島民総出で応援に燃える日が来る」。春季大会の宮古の快進撃に「宮古島甲子園プロジェクト」のメンバーの期待は自然と膨らんでいた。約15年前に発足し、住民一丸で島の球児を支援しようと取り組んできた。それだけに中止決定の衝撃は大きく、平良勝之会長は「残念でならない」と動揺を隠せない。

 選手たちの落ち込みも深刻で、それまでやりとりが活発だった部員間のLINEは途絶えた。「甲子園なくなったのか」と書き込まれて以降、甲子園に関する話題は出ていない。笠原は「どんな言葉をかけたらいいのか分からない」と気持ちの整理がつかずにいる。

 手のまめをつぶし素振りを繰り返し、ユニホームを泥だらけにして練習に取り組んできた球児たち。平良会長は「私たちはまだいい。子どもたちがふびんでならない」と思いやり「中止はやむを得ないが、地区大会だけは開催してほしい。来年に向け彼らが前を向ける場所をなんとか作ってほしい」と語気を強めた。地域住民や高校野球ファンが一丸となってナインを応援できるその日を待っている。

(上江洲真梨子、佐野真慈)

 ◆  ◆  ◆

 高校球児の夢、夏の甲子園が新型コロナウイルスの影響で中止となった。球児や指導者、球児の支援者など落胆は計り知れない。スカウトへアピールする場を奪われ進路を閉ざす選手もいる。「なんとか集大成の場を」と救済策を求める声も上がる。夢の舞台に懸けてきた球児や関係者の思いを追った。