偶然でなかった、考え抜かれた“つぶやき” 「#検察庁法改正案に抗議します」笛美さんインタビュー

「検察庁法改正に抗議します」などのハッシュタグ

 政府の判断で検察官の定年を延長できる検察庁法改正案の今国会での成立が見送られた。政府・与党の強気の姿勢を崩すきっかけの一つとなったのが、「#検察庁法改正案に抗議します」というつぶやきだった。アーティストや俳優ら著名人を巻き込み、ツイッターへの投稿は1千万件に及んだとされる。最初に声を上げたのは、東京都内の広告会社に勤務する30代女性の笛美さん(ニックネーム)。47NEWS編集部は、笛美さんに書面インタビューを行い、今の思いや今後の活動などについて話を聞いた。

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 ▽黒川検事長の辞職で終わらない

 -政府は、検察庁法改正案の今国会での成立を断念した。心境は。

 「ほっとしたのは一瞬。先送りになっただけですからね。廃案になるかもしれないという報道もありますが、別の形でこっそり、検察庁などの組織に介入しようとしてくる可能性もあり、目を光らせていきたいです」

 -東京高検の黒川弘務検事長は、新聞記者らと賭けマージャンをしたことが報じられ、辞職した。

 「今回の活動は、黒川さん個人を辞めさせることが目的ではありませんでした。政権が検察官の人事に都合よく介入できるようにする法律や行為を止めたかったのです。賛同者も皆そう言っています。黒川さんが辞めたからといって今回の問題がなくなるわけではありません。目くらましは通用しません」

 -ツイッターで抗議の声を上げた当初、今国会での法案成立断念という結果は予想できたか。

 「全く予想していませんでした。勇気を出して抗議したとよく言われますが、なんとなく抗議してみた『なんちゃってデモ』のつもりでした」

安倍首相=5月21日夕、首相官邸

 -投稿しようと思ったきっかけは。

 「(時事問題などにツッコミを入れる)『せやろがいおじさん』のユーチューブ動画で定年延長について知りました。その後、森雅子法相と山尾志桜里衆院議員の議論がかみ合っていない動画や、テレビ局の解説動画、弁護士の方々が反対されている文章などを見たり、読んだりしました。5月8日に国会で野党退席のもと審議され、その翌週には採決方針だと聞いた時、『これは民主主義の危機だぞ』と本格的に思い始めました」

 ▽デモ参加は怖かった

 -政治には日ごろから興味があったのか。

 「もともとフェミニズムに興味がありました。その過程で伊藤詩織さんのレイプもみ消しや、安倍政権が提唱する『女性が輝く社会』実現に向けた政策の問題点、(職場でのヒール着用強制に反対する)#KuToo運動、就活セクハラ、性犯罪が裁かれない現実などを知り、フェミニズムと政治のつながりへと興味の幅が広がりました。フェミニズムのデモには声を出すパレードや『フラワーデモ』というサイレントデモなどに何度か参加したことがあります。

 政治のデモは通りがかりに見たことがありますが、参加するのはちょっと怖いと思っていました。その人たちを否定するのではありません。自分にはその勇気がなかった。新型コロナウイルスの補償を求めるオンラインデモに4~5回参加したことがありますが、やはりこれにも勇気が要りました」

 -ツイッターへの投稿に不安はなかったか。

 「私の周りにいる、政治や社会問題に声を上げているフェミニストさんたちに見てもらうことが前提でしたので、不安はありませんでした。

 現在フォロワーが3千人から4倍に増え、以前より考えて投稿するようになりました。あまり考えすぎずにパッと動くのが私の持ち味だと思うので、少しずつ元の自分のスタイルに戻していきたいです」

検察庁法改正案に反対するため、国会前で掲げられるボード=5月18日午後

 ▽政治ビギナーに発信しやすい言葉

 -「#検察庁法改正案に抗議します」の投稿は1千万件にも達したとされる。

 「コロナでみんな鬱憤(うっぷん)や不信感がたまっていたところに、使いやすいハッシュタグがポンと来たことで、気持ちが乗ったのではないでしょうか。

 もともとフェミニズムや政治をどうすれば友人や同僚に理解してもらえるか、広告の知見を生かせないかということを考えていました。『Choose Life Project』や『メディア酔談』というネット番組を見ていたら、政権支持・不支持の人たちが繰り広げる激しい論争や強い言葉は、敷居が高くて入っていけない人たちもいるという話をされていました。

 広告的に言うと、これまで政治の激しい論争には入っていけなかったターゲットに、政治の話をする敷居を低くするクリエーティブが刺さったのだと思います。従来のオンラインデモでよく使われていた『~しろ』などちょっと勇気がいる表現ではなく、政治について初めて知る人にも怖くないように、最初のハードルを下げられないかと考えたのです。『検察庁法改正案に抗議します』は、政治ビギナーの自分にとっても発信しやすい、しっくりくる言葉でした。

 でもこれまでオンラインデモをやってきた方々のノウハウがあったから、私もオンラインデモができた。私だけが作り上げたやり方では全くありません」

 -アーティストや俳優なども参加した。その一方で芸能人は政治的な発言をするべきではないという意見も出た。

 「例えば広告について文句を言う時に、勉強してから文句を言う人はいないと思います。食べログや@cosmeやAmazonレビューのコメントをするくらいのノリで政治にも意見をしていいのではないでしょうか。なぜ政治だけが特別なのか。私たちが税金を払っているのを思い出してください。

 日本人は良くも悪くもタレントにとても左右されやすいです。志村けんさんや岡江久美子さんがコロナ世論を動かしたのも記憶に新しいです。タレントは日本の空気を作っています。タレントさんが自由に発言できないと、一般人も自由に発言できません。自由のない社会では良いエンターテインメントもクリエーティブも生まれません。私はそれをすごく危惧しています。

 ナイキは人種差別に抗議したことでリーグ追放になったアメフト選手のコリン・キャパニックをCMに起用してブランド価値を上げました。これからはそういう時代ではないでしょうか。政治的な色がつくのが嫌と言う声も聞きますが、その色をうまく料理できたらクライアントのブランド価値も上がると思います」

東京高等検察庁が入る中央合同庁舎=5月20日夕、東京・霞が関

 ▽持続可能なデモの在り方

 -SNSを通じた今回の抗議活動の意義は。

 「オンライン上での活動だけでなく、私を含め多くの人たちが、国会議員にアプローチをしていたことはあまり知られていません。こちらの方が個人的には頑張った。賛同者の方々も電話やメール、FAXなどで行動されていたので、ぜひこのことを知ってほしい。

 声を上げるだけでなく、届けることを個人のアクションに落とし込むことができたのは大きかったと思います。これまで議員に連絡することも、感想を聞くこともなかったので、それが有効だったのかは分かりませんが。

 おかしいと思ったら小さな声でも上げてみる、政治家さんにコミュニケーションをとるという『新しい生活様式』が1ミリでも残れば御の字だと思います。ただ国会での採決ギリギリのタイミングで、市民が連絡して止めようとするのは持続可能な方法ではないかもしれません。もっといい方法があるはずです」

 -今後も活動は続けるか。

 「『ヒーロー』などと言われて持ち上げられているけど、私は匿名で思ったことを言っただけ。何もリスクを冒していません。政治に詳しい人、リスクを背負っている人もたくさんいます。誰か1人をカリスマにして森羅万象担当させるのは持続可能なスタイルではない。今は新しいヒーローが生まれるお手伝いをしている気持ちです。

  何より自分自身がこれから本当に政治への興味をキープできるのか不安です。仕事との両立なども大変です。プライベートな時間もなくなっています。前のようにフェミニズムの発信もしたいし、男社会への愚痴も言いたい。早く選挙に行きたいです。こんな気持ちになったのは初めてです」

 -いま政治の動きで気になっていることは。

 「(政府・与党は)検察庁法改正案以外にも(憲法改正手続きを定めた)国民投票法や、(人工知能(AI)などを活用した)スーパーシティ法など心配になる法案を次々と通そうとしてきています。もう勘弁してくれと思います。

 『国民投票法案』は広告業界の人やクリエイターの方は気をつけて見てほしいです。自民党の憲法改正案には憲法21条の『表現の自由』にしばりを加えようとする文言が追加されています。その改憲キャンペーンの仕事に自分たちの表現の力を使うのは、自分を縛るための縄を自分自身で作っているみたいです。自由がなくなったらクリエーティブは衰退してしまうと思います。いま私たちが自由に表現できるのは、表現の自由が保証されているからだということを忘れないでほしいです」

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