コロナ規制緩和のドイツで「陰謀論」が渦巻く背景

「子育てをしながらの在宅勤務なんて、チョコレートクリームで歯を磨くようなもの。無理な話だ」

これは筆者が4月30日に隣人たちから聞いた話です。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、ドイツにおいては3月下旬から「コロナ・レーゲルン(Corona-Regeln)」と呼ばれる一連の規制が導入されており、4月下旬には市民の疲労も濃くなっていました。

「こんな生活がいつまで続くのだろう。家族や友人に会うことさえままならず、買い物に行くにも地下鉄に乗るにもマスクを着けないといけないなんて」

隣人たちとの立ち話からおよそ1ヵ月。こうした規制は徐々に緩和されています。規制緩和を受けて、市民生活は以前のようなスタイルに戻るのでしょうか。


営業を再開する飲食店とベルリンに戻る活気

筆者がベルリンに人の気配が戻りつつあると感じたのは、4月下旬に多くの店舗が営業を再開した時です。外出規制以降、いつもは多くの観光客が訪れるアレクサンダー広場にはほとんど人影がありませんでしたが、店舗の営業再開を機に買い物客の姿が戻ってきました。

こうした人出の増加に勢いをつけたのが、飲食店における店内でのサービスの再開です。バーや喫煙可の飲食店は未だに休業を余儀なくされていますが、5月15日以降カフェやレストランは営業を再開しつつあります。

たとえば、多くのレストランやカフェが軒を連ねるローゼンターラープラッツ駅の周辺は、週末には外食を楽しむ人で縁日のような賑わいを見せました。

とはいえ、店内の光景は新型コロナ以前と同じではありません。新型コロナウイルスの感染を防ぐために、飲食店にはさまざまな予防措置が義務付けられています。入り口には消毒液が置かれ、来店者は入店前に必ず手を消毒しなければいけません。また、テーブルとテーブルの間は1.5m以上の間隔をあける必要があります。

さらに、店によっては来店者が店内を移動する際にマスクを着けるよう求めるところもあります。店員がマスクを着用している店も多く、塩や胡椒入れなどの備品の消毒にも余念がありません。

このような状況に対して、アレクサンダー広場の近くにあるピザ屋のウエイターに感想を聞いてみると「マスクや消毒はコロナ禍においては仕方ありません。慣れますよ。マスクを外したいときは、水を飲みに行けばいいですから」と感想を述べてくれました。

新型コロナ対策反対の抗議行動

一方、あらゆる「コロナ・レーゲルン」に反対する声も聞こえます。5月16日、アレクサンダー広場においては「フリーダム・パレード」と称する「コロナ・レーゲルン」に対する抗議行動が行われました。

「フリーダム・パレード」の参加者はおよそ15人で、テープで区切られたスペースの中で音楽に合わせて踊ります。参加者同士は1.5m以上の間隔を保っており、現場を警備する警察官を挑発する行為は見られません。飛び入り参加の人もいる様子でしたが、主催者の誘いに応じる人は多くありませんでした。

参加者が掲げるプラカードには、「新型コロナ対策に関連する規制の即時撤回の要求」「透明性、思想の自由、報道の自由の要求」「持続可能な環境保護政策の要求」「予防接種の強制、免疫証明書に反対」といった内容が並びます。

同時に、「あらゆる暴力に反対」「極右、極左に反対」という主張も明確にし、過激なデモ隊や過激な政治思想とは一線を画す抗議行動であることを訴えますが、通りがかる人は遠巻きに見るだけで、冷ややかな反応です。

「フリーダム・パレード」を眺めていたギャラリーのひとりに声をかけると、このような感想が返ってきました。

「新型コロナウイルスに効く薬がないのだから、『コロナ・レーゲルン』のような措置は理解できる。(抗議団体は)一体何に反対しているのかよく分からない」

不安をエサにする陰謀論

独メディアのツァイトは、広がる抗議行動の背景にあるのは「自分たちの声が聞き入れられない」という感情だと分析します。さらに、ベルリン地方紙のベルリーナー・モーゲンポストは、抗議行動には極右グループや陰謀論者が参加している場合もあることに触れ、こうした勢力が政治に不満を持つ層を取り込む危険性を指摘しました。

政治家からも抗議行動に警鐘を鳴らす声が上がっています。ベルリン市のガイゼル内相は自身のツイッターで抗議行動への参加に関して注意を促しました。

1分半の動画の中で、ガイゼル内相は抗議行動は市民の権利であると強調した上で、「陰謀論者の発言に惑わされないでください」「過激派のダシに使われないようにしてください」と述べました。

規制緩和に向けて舵を切ったドイツですが、実生活は「通常化」とは程遠いのが現実です。このような現状で湧き上がる不安にドイツ社会はどのように対応するのか、市民の理性が試されます。

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