なぜ、人は騙されてしまうのでしょうか。それは、私たちが組織対個人の構図に持ち込まれてしまうからに他なりません。私はこれまでに様々な悪徳商法の現場に潜入してきましたが、いつも組織を前にして、一個人だけはとても立ち向かえないことを感じています。
絵画販売のキャッチセールスで
今は、ほとんど見かけませんが、過去には悪質な絵画販売のキャッチセールスが横行したことがあります。私も度々、声をかけられて展示会に連れて行かれましたが、路上から誘い込んだ美人のお姉さんは、絵画販売の本題のトークになると消えてしまい、決まって新たなベテランの勧誘員が出てきて説得に当たります。
なんとか、断って帰ろうとすると、再び美人のお姉さんが登場して「また連絡しますね」などと言います。あわよくば、アフターフォローを通じて、後日、契約させようとする魂胆があるのでしょう。勧誘の出入口に異性の心をつかむような人員を配置して、重要なトークをする場面には、口達者なベテラン勧誘員が出てきて説得にあたるといった、契約成功の効率化を図っています。
また、契約への流れも毎回ほぼ同じでした。美人勧誘員は「見るだけでいいですよ」と言って、館内を一緒に見て回り「気にいった絵はありますか?」と言って、私に絵を選ばせます。そして「ゆっくり、コーヒーでも飲みましょう」といって、席につかせて気に入った絵を目の前にもってきます。
そこにベテラン勧誘員が現れて、なし崩し的にセールストークを始めるのです。実は、この組織ぐるみのマニュアルというものが、相手を騙す上で大きな力になっています。
もちろん、一般的な会社でも先のような販売方法を取ることもあるかもしれませんが、「売る」という目的を隠して誘ったり、「結構です」と断っても延々に話を続け、3~4時間を超えることはないでしょう。このあたりがまっとうな会社と、そうでないところの大きな違いがあるといえます。
潜入取材を続けた結果
私も最初のうちは相手が悪質業者か否かの判断がすぐにつきませんでしたが、潜入経験を重ねるにつれて、早めに悪質業者かがわかるようになってきました。
それは、勧誘話を聞いていると、頭のなかに相手のマニュアルがみえてきて、次の展開が読めるようになったからです。ひとつだけ、お話すれば、「商品の金額を話す」「契約しましょう」という重要局面になると、たいがい相手は一端、席を立ちます。
なぜか、席を離れるか、わかるでしょうか?
それは、上司に現状の報告をして、契約のクロージングをしてよいかの判断を仰ぐためなのです。より洗練された悪質業者ほど、組織の一コマとして動くことが求められます。自分勝手な判断は厳禁ですので、このような行動をとるようにマニュアルで決められています。相手が席を離れて一呼吸入れるたびに、「いよいよ、これから契約の本番が始まるな。騙されないぞ!」と私も臨戦態勢に入ります。
やっかいな組織のマニュアル化
現代の詐欺では、悪徳商法以上に組織のマニュアル化が徹底されています。これが、詐欺被害がなくならない理由でもあります。
最近、逮捕された現金引き出し役の10代男性のスマートフォンに、詐欺の指示役から送られたマニュアルがありました。今、多く起きているのは、「あなたのカードからお金が不正に引き出されているので、カードを取り換えた方がよいとか」とか、新型コロナ絡みでは「特別定額給付金を受け取るのに、あなたのキャッシュカードは古いので振り込めない。新しいものに変えてください」といって、カードを詐取する形です。
その時、騙し取るカードが“もう使えない”と思わせるために、ハサミでカードに切りこみを入れることがあります。しかし、磁気の部分やICチップに傷をつけてしまっては、本当にカードは使えなくなります。そこで、図解式でキャッシュカードのどの部分に切り込みを入れるかまで指示していました。
一番、切り込みを入れてはいけないところは、やはり左横にあるICチップにかかる部分です。そこで「カード下にある銀行番号と店番の間からはハサミは入れてはならない」となっています。次に避けてほしい部分は「口座番号と、発行年月日の間」とされており、一番ハサミを入れてよいのは、「カードの右横の中央部分から」です。
ヒューマンエラーを見逃さない
また現金を引き出すために、駅なかを歩いていた10代の「出し子」も逮捕されていますが、その時、カバンからはみ出るように長ネギを入れ、他にカレーをつくる材料も入っていました。それは、カレーを作るために買い物をしていたと言い訳をして、職務質問を逃れるためのもでした。もちろん、これもマニュアルに指示されていることです。こうした職務質問を逃れようとする事例は他にもあり、逮捕が続いています。諺に、カモがネギを背負ってくる、というものがありますが、今の時代は、高額なお金が手に入るという、甘い言葉に誘われた受け子という「カモ」が長ネギを背負いながら、やってくる時代なのです。
ですが、10代の男性が長ネギをもって、ATM付近をうろうろと歩いていたら、逆に職務質問をしてくれといっているようなものです。しかし詐欺の実行役はマニュアル通りに動かなければなりません。
以前の詐欺のマニュアルでは、「受け子」はスーツを着ることが必須になっていました。しかし真夏にスーツを着てマスクをして歩いていために、逆に怪しまれて逮捕されたこともあります。マニュアル通りやろうとすれば、どこかでヒューマンエラーが出るものなのです。
詐欺の側の騙しのマニュアルの存在に、私たちが気づくことで被害は防げます。組織に対して、一個人の力だけではとても太刀打ちできません。ですが、組織ゆえのヒューマンエラーは必ず出てきすから、そのほころびをみつけて、いかに早く「怪しい」と思えるかが、騙されないためには、とても大事なことなのです。