長く、強い…孤独 果に男がとった行動はジュース一箱をレジに通さず盗むという犯行だった

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私が裁判傍聴の際に取っているメモには、法廷に入ってきた服部勇士(仮名)の第一印象が「25歳ぐらい。肥満」と書いてあります。童顔というか、どことなく幼さが残る顔立ちを見てそう書いたのですが、実際の年齢は裁判当時38歳でした。

彼は通信高校を卒業後、一度も働いたことはありません。ずっと親元で引きこもりのような生活をしていました。

彼が犯罪に走るようになったのは平成27年、母親が自殺して以降のことです。

自転車盗で2回、万引きで3回検挙され、罰金刑に処せられたことも2度あります。それでも懲りず、彼は再び万引きで捕まり正式裁判を受けることになったのです。

男を犯罪に走らせた要因とは

彼の犯行手口は「カート抜け」と呼ばれるものです。彼はサイダー1箱(24本入り)を店のカートに載せ、レジを通ることなくカートごと店外に持ち出しました。

犯行を現認し現行犯逮捕した副店長は「大胆な犯行で手慣れている。厳重な処罰を希望する」と供述していました。

犯行動機は「新製品と書いてあって欲しくなり我慢できなくなったから」でした。彼は糖尿病の治療を受けています。また、同居する父は平成28年に勤めていた郵便局を解雇されそれ以降は父子2人で生活保護を受給して生活していました。

「生活保護を受けている身だし、糖尿病もあるので我慢をしようとは思いました。でも、できませんでした」

たしかにお金には困っていたようです。しかし犯行当時は商品を買うことができるだけのお金は所持していました。お金の問題以前に、身体のことを考えれば我慢しなければいけません。にもかかわらず彼を犯行に駆り立てたものは一体何だったのでしょうか?

彼が中学校1年生だった時のことです。彼はイジメを受けていました。彼の話によれば「クラスメイト全員から」イジメを受けたようです。その後、イジメはさらにエスカレートします。クラスの担任までもがイジメに加担するようになったのです。彼は学校に行けなくなりました。そればかりか、イジメが原因で統合失調症を発症しました。

それ以来ずっと精神科で治療を受けてきました。通信制の高校をなんとか卒業したものの、社会に出ていくことはできませんでした。

自分の人生を振り返って彼はこう言っています。

「人と関わるのが怖くて仕方なくて、それで人から逃げ続けて、曖昧な生き方をしてきてしまいました」

日中はいつも家でゲームをする生活をしてきました。

「甘いものは昔から大好き」

という供述もしています。誰とも関われなくなってしまった彼にとって、ゲームと甘いものだけが人生の全てになってしまっていたのかもしれません。

長く、強い、孤独感

生活保護受給者で糖尿病の男がジュースを大量に万引きした、という事件の概要だけを見れば憤りを覚える人もいると思います。

しかし、人は本来は好むと好まざるとにかかわらず集団で生きる生き物です。長い期間、強い孤独感にさらされ続ければ人はその行動や情動に変調をきたします。注意力が散逸し、自己制御力は失われていきます。

「我慢ができなかった」

という供述もあります。この短絡的な動機を糾弾するのは簡単ですが、彼の感じていた「我慢のできなさ」は私たちの想像の及ぶ範囲の外にあると考える必要があります。

彼は糖分や脂肪分などの刹那的な快楽を非常に必要としていたのです。それ以外に彼は自分の心の痛みを和らげる手段は何一つとして持っていなかったのですから。

彼のこれからの人生はどうなっていくのでしょうか。今後どのように生きていくのか訊かれた時には、

「自分は犯罪ばかり繰り返してしまって…精神を病んでいた母も最後は自殺しました。正直、未来は見えません」

と答えていました。その一方でこんなことも話しています。

「今後の人生でもし私のような人間でも誰かの役に立てる人生を歩めるなら…頑張って生きていきたいと思ってます」

突き放すようですが、私は個人的には彼が再犯に至る可能性はとても高いと思っています。(取材・文◎鈴木孔明)

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