コロナ未収束のインドネシアが「禁断の果実」に手を出した理由

インドネシア政府は5月21日、同日の新型コロナウイルス感染症による新規感染者数が973人となり、過去最多を記録したことを発表しました。

同国で最初の感染者が確認されてから2ヵ月が過ぎましたが、未だ感染拡大に歯止めがかかっていません。


新型コロナ感染者急増の背景

インドネシアで新規感染者数が急増している理由のひとつは検査数の増加です。ジョコ・ウィドド大統領は1日1万件の検査を指示してきましたが、日によって検査数にばらつきがあるほか、人口規模に対する検査数の不足が指摘されてきました。医療体制の再構築が進む中、検査数が増加し新規感染者数が急増しているとみられます。

また、4月10日からジャカルタ首都圏などで「大規模な社会的制限(PSBB)」と称する感染拡大防止策が発動され、就労や学校教育、宗教活動などあらゆる人の移動が制限されています。長引く大規模制限により、生活に困窮した無症状の感染者が規制の網をかいくぐって地方に帰省し、ウイルスを拡散している可能性も指摘されています。

このように感染拡大が深刻化する一方で、国営企業省は5月15日に「国営企業のニューノーマル(新常態)予測シナリオ」を発表しました。指針によると、5月25日以降5段階に分けて経済活動を再開し、8月初旬には国営企業の経済活動を正常化する方針です。

国営企業省とは別に、経済調整省も経済回復に向けたロードマップを示すなど、政府が出口戦略を模索する中、ジャカルタ特別州のアニス・バスウェダン知事はPSBBを6月4日まで延長することを発表しました。

さらにレバラン(断食明け大祭)休暇を控え、5月14日からジャカルタ首都圏外との往来を一部の業種を除いて禁止するなど、事実上の封鎖措置に踏み切っています。

アニス知事は以前より、新型コロナによるジャカルタの死者数は保健省発表の約7倍に上る可能性があると述べるなど、中央政府のデータに不信感を示しており、中央政府と地方政府の不協和音が浮き彫りになっています。

<写真:ロイター/アフロ>

景気停滞気味だったインドネシア

インドネシア政府が出口戦略を急ぐ背景には深刻な景気鈍化があります。同国の2020年第1四半期(1~3月)の実質GDP成長率は前年同期比2.97%と、2001年第4四半期(10~12月)以来約18年ぶりの低水準にとどまりました。

同国のGDPは例年レバランの時期に加速する傾向がありますが、今年はPSBBの影響から第2四半期(4~6月)はさらなる減速が見込まれています。

直近、中央銀行は第2四半期を当初の前年同期比1.1%から0.4%に、2020年通年で前年比4.2~4.6%から2.3%に引き下げました。また、財務省も通年の成長率を2.3%と予測し、最悪の場合はマイナス成長に転じることも示唆しています。

同国のGDP成長率はここ数年5%程度で推移してきたものの、新規就業者の雇用を確保するには6%成長が必要と言われており景気は停滞気味でした。今年はリーマンショック後を上回る景気減速が懸念され、景気回復時期はさらに遠のいたと言えそうです。

「禁断の果実」に手を出す決断

インドネシア経済におけるもうひとつの懸念材料は財政悪化です。財務省は5月18日、新型コロナに対する国家経済復興プログラムに641兆1,700億ルピアを投じる計画を発表しました。

すでに4月に施行された補正予算で、2020年度の財政赤字額は8,529億ルピアと対GDP比で5.07%に拡大することを公表していましたが、このたびの対策により6.27%まで拡大する見込みです。

同国では、これまで国家財政法により財政赤字を対GDP比3%以下とする財政規律が順守されてきました。そのため、今回の措置は2022年まで3年間の期限が定められているとはいえ、いわば禁断の果実に手を出すような大きな決断であったと言えます。

一方で、米格付け機関のスタンダード&プアーズが、インドネシア長期国債の見通しを「安定的」から「弱含み」に引き下げたように、財政悪化は国家の信用格付けに影響することから、他の格付け機関を含めた動きが懸念されます。

4月以降、ルピア相場は世界的な金融市場の安定化から急速に持ち直していますが、足元の感染状況や経済指標を見る限り、底打ちしたとは言いづらいでしょう。特に同国経済は海外からの資本流入に支えられている側面が強く、信用格付の引き下げによって、投資資金が国外へと流出し、再びルピア安を招く可能性があるからです。

国会での答弁などをみる限り、政府は新規感染者数のピークを6月上旬とみているもようです。インドネシアの金融市場は、しばらく新型コロナの感染状況や第2四半期のGDPなどをにらみながら、方向感を探る動きが続くと思われます。

<文:市場情報部 北野ちぐさ>

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