喫煙が新型コロナの重症化進める  米研究グループ、論文で明らかに

By 星良孝

たばこを吸うマスク姿の男性(アルバニア)=4月(ロイター=共同)

 新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の蔓延(まんえん)に伴う緊急事態宣言はようやく解除された。こうした中でも感染症を意識した生活はしばらく続きそうだ。「いかに感染を防ごうか」「感染が判明しても重症化しないために注意すべき点とは」「仕事に影響が及ばないためにはどう対策したらよいか」など、誰しもが模索を続けているに違いない。これからも、マスクを着けたり、手指の消毒をしたりするのは当たり前になり、ソーシャルディスタンスを保った生活も広がりを見せるだろう。

 そうした中で、COVID―19の重症化に「喫煙」が関係している可能性が注目されている。筆者は獣医師資格を持ち、バイオテクノロジーの研究にも取り組んだ経験があり、さらに医療分野での取材を20年近く続けてきた。そうした立場から、最近発表された米国の論文に基づいて、喫煙の有害性を解説する。(ステラ・メディックス代表取締役、編集者、獣医師=星良孝)

 ▽WHOが喫煙の有害性を警告

  この5月11日に、世界保健機関(WHO)が、COVID―19重症化への喫煙の悪影響について注意を促す声明を発表した。WHOによれば、喫煙者は、非喫煙者よりも重症化しやすいことが新たな研究から確認されたと指摘。その上で、たばこを吸っている人では、新型コロナウイルスが、肺に侵入したときにウイルスに抵抗するのが困難になると説明している。

 COVID―19が、たばこを吸っている人で重症化するメカニズムがあると考えられているのだ。逆に、むしろ喫煙者はCOVID―19になりにくいのではという研究も報じられることがあり混乱するのだが、WHOは現在の研究を総合的に判断すると、喫煙の有害性の方が問題だと警戒する。たばこにメリットがあるかのような研究結果は不十分で、たばこをやめるのが賢明という姿勢だ。

 もっともたばこは、COVID―19以前にも、がんや心筋梗塞や脳卒中の危険を高める科学的な根拠があり、禁煙が推奨されてきたのは周知の通りだ。日本でもこの4月に受動喫煙を防ぐために、飲食店では屋内での喫煙が原則禁止されたところ。COVID―19は、これまで示されてきた喫煙の問題をさらにクローズアップすると筆者は考えている。

世界保健機関(WHO)本部=スイス・ジュネーブ(ロイター=共同)

 ▽肺にはウイルス侵入のための〝港〟がある

 こうした中で、この5月16日にさらに喫煙のCOVID―19への影響を明確にする研究発表がなされたので注目した。米国の研究グループが、世界的生物学誌である『Cell』の姉妹誌『Developmental Cell』で伝えているものだ。この研究から分かったことを簡単にまとめると、新型コロナウイルスが肺の細胞に侵入するための〝港〟が、たばこによって増やされるという発見だった。

 そもそもCOVID―19が命にかかわるのはなぜだろうか。

 よく言われるように、新型コロナウイルスは接触感染や飛沫(ひまつ)感染によって感染していく。口や鼻についたウイルスは、喉から気管に入り、さらに肺の奥へと広がっていく。肺の中で肺の細胞にウイルスが到着。ここで肺の細胞へと侵入し、せきや呼吸困難などの症状が現れてくることになる。

 ここで注目されているのは、肺の細胞にウイルスが入っていくため、肺の表面にウイルスが停泊する、いわば港のような存在があるということだ。というのも、ウイルスが肺の細胞にたどり着いても、肺の細胞にうまく付着できないこともあり得るからだ。それでは、ウイルスは細胞に入れず、症状を引き起こすことはない。ましてや重症化につながることもない。

 なぜ肺の細胞にウイルスが入れるのか。研究を進めたところ、肺の細胞には、ウイルスに侵入を許す、ウイルスが細胞にこぎ着いて停泊する港のように働く「タンパク質」が出ていることが判明した。

 タンパク質というと、栄養素を思い浮かべる方もいるかもしれない。タンパク質は栄養素として食事を通して摂取するのだが、ここでは細胞の部品となっているタンパク質を指している。その一つが新型コロナウイルスの細胞への入り口として機能することがここ数カ月の世界の研究によって判明した。

 その名も「ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)」と呼ばれるタンパク質だ。このACE2が喫煙による新型コロナウイルス感染症の重症化にも関係していることが、今回、新しい研究からさらに示されたのである。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 ▽肺の細胞に「ウイルス大歓迎」の看板が

 医療従事者にとっては、高血圧の薬にACE阻害薬と呼ばれる薬が一般的だが、薬のACEとウイルスが付着するACEは同じものだ。厳密に言えば、ACE2という類似したタンパク質がウイルスを細胞に受け入れる「受容体」として働く。

 研究では、肺の細胞を1個単位で分析することで、喫煙によってウイルスの港になっているACE2が増えてしまうことを確認した。つまり、肺の表面にACE2が現れ、量も通常の1・3~1・55倍になる。従来の喫煙の害を追認するものと分かったのだ。

 すごく分かりやすく言えば、たばこを吸うことで「ウイルス大歓迎」という看板を肺の細胞に増やしていくようなものだ。ウイルスが細胞の中にますます入りやすくなってしまうことになる。感染症の重症化が細胞にウイルスが入ることで起こると考えれば、あってはならないことだ。

 たばこの煙に含まれる化学成分は約4千種類で、有害物質は250種類ほどとされる。がんや心血管病にこうした有害物質がどのようなメカニズムで関係するかは複雑だが、このACE2の増加によってウイルスを細胞に取り込むメカニズムが本当であれば、これほどピンポイントに喫煙の有害性が証明されるのも珍しい。

 COVID―19との関係を踏まえたとき、その有害性は、従来考えられてたたばこの有害性とは大きな違いがあると考えることができる。というのは、がんや心血管病の危険を喫煙によって高めると言われてきたが、それは数年や数十年たばこを吸うことで現れるデメリットだった。それだけに、禁煙に消極的でも悠長に構えることができた。いつかやめればいいやと。

 ところが、COVID―19での有害性を考えると、その影響が即座に現れる点で大きな違いがある。たばこの煙によって、肺の中で、ACE2が増えてウイルスの侵入を許しやすくなる。そうなると、1~2カ月で、命にかかわる影響が現れることになる。

 しかも、こうした肺の細胞に現れる影響は、喫煙者本人ばかりではない。受動喫煙でもこうした悪影響は現れることになる。ウイルスが存在する中で、「三密」の状況が重なれば最悪の結果をもたらし得る。現在の研究結果はまだ細胞レベルで確認されたこととはいえ、既に喫煙の有害性は幅広く認識されている中での大きな懸念材料になるのは間違いない。

 経済の正常化に向けた施策がさまざま練られているが、このように命に直結する悪影響を及ぼす要因はほかにないと言えるかもしれない。新しい生活様式の議論の中で、こうした結果を踏まえ「真っ先に禁煙を入れてもおかしくない」という意見が今、日本でも出ている。

 喫煙に向けられる視線は、ますます厳しくなることはあっても、やさしくなることはなさそうだ。

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 星 良孝(ほし・よしたか) ステラ・メディックス代表取締役。獣医師資格を持ち、長年にわたり医療分野で取材、編集者として活動している。

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