世界で最も「多くの選手が収録されているサッカーシミュレーター」として知られるゲームが『フットボールマネージャー』シリーズだ。
ウイニングイレブンやFIFAシリーズとは違い選手を操作することは出来ないものの、チームの経営や補強、戦術などが細かくゲーム内で再現されており、世界各国の様々なリーグが収録されている。
サッカー選手にも愛好家は多く、アントワーヌ・グリーズマンやウスマヌ・デンベレらがファンとして知られる。またそのデータは精度が高いと言われ、プロのスカウトも参考にするほど。アンドレ=ヴィラス・ボアス氏もかつてスカウティングに使っていたと公言するほどのゲームだ。
しかし、そのゲームで「将来のスター」と見做されながらも伸びなかった者も…『Planet Football』からそんな10名を紹介する。
「32試合132ゴール」チェルノ・サンバ
2005年のフットボールマネージャーで最も有望な若手として話題になったのはチェルノ・サンバだった。
学校のチームでプレーしているときは32試合で132ゴールを決め、13歳でミルウォールと契約し、リヴァプールやマンチェスター・ユナイテッドにも狙われた。
しかし彼はそのような注目をその後全く集めることなく、プレミアリーグでプレーすることもなく、30歳で現役を引退している。ただ、彼は後にラジオで「失敗したキャリアに見えるのは、期待が高かったために過ぎないことさ。2部でプレーした。スペインにも行った。それが出来た人がどれだけいる?」と語っている。
「NEXTペレ」フレディ・アドゥ
14歳でアメリカ・メジャーリーグサッカーのクラブとプロ契約を結び、2003年のU-17世界選手権で4ゴールを決めた。その時、彼は『次なるペレである』と驚きを持って迎えられた。
フットボールマネージャーの初期バージョンでは、彼は歳を重ねるごとに大きな成長を見せ、定期的にゴールランキングの上位に顔を出し、チームを何度もチャンピオンズリーグに導いていた。
しかし、彼のキャリアは実際にそうなることはなかった。8カ国の13チームを渡り歩くジャーニーマンとなり、どのクラブでも2桁ゴールを奪うことはなかった。30歳の現在は無所属となっている。
「アシカドリブル」ケルロン
トレードマークにもなった「アシカドリブル」(連続したヘディングでボールを運んでいくプレー)のことは誰もが知っている。当時のブラジル人が最も期待したアタッカーでもあった。
フットボールマネージャーではアシカドリブルをすることはできなかったが、2006年のバージョンでは彼が世界を支配するようなストライカーに成長していた。現実では、2008年にブラジルを去った後、キャリアを通して51試合しか出場することができなかった。日本など様々な国を渡り熱き、2017年10月に引退している。
現在はアメリカでサッカースクールに関わっているが、かなりふくよかな感じに。
「どのゲームでも最強」アントニ・ヴァンデンボーレ
フットボールマネージャーに限らず、ある時期のサッカーゲームをプレーしていたユーザーがヴァンデンボーレを獲得しなかったことはないだろう。
フットボールマネージャーでは2007年のバージョンで18歳の彼をわずか100万ポンドで獲得できた。世界最高の右サイドバックに成長するため、そのレベルの高さは一気に広まった。
決して鳴かず飛ばずだったわけではないが、その期待から現実はかけ離れている。イタリアやイングランドでの挑戦は失敗に終わり、2017年にコンゴ民主共和国のマゼンベでプレーしたのを最後に2年以上無所属の状態に…。
今季は古巣でもあるアンデルレヒトに加入したものの、結局1試合も出場することのないままシーズンが終わってしまった。
「NEXTアンリ」アンリ・セヴェ
フットボールマネージャーの2008年度版で注目されたのが当時ボルドーのアンリ・セヴェ。若くしてトップチームにデビューを果たし、「次なるティエリ・アンリ」と呼ばれた。
同僚だったフランス代表MFアルー・ディアラも「彼はチームで一番才能がある」と評価していたほど非常に期待されたアタッカーであったが、それからレギュラー獲得までは6年の月日を要した。その間にポジションはボランチになり、ゲーム内での評価は普通の選手に…。
2016年にはニューカッスルへ引き抜かれたものの、それからはレンタル生活を送っており、今季は復帰もメンバー外に。試合にすら絡めない状況となっている。
「16歳の超新星」クマ・ババカル
もしフットボールマネージャーの2010年版をプレーしたことがあれば、フィオレンティーナに所属している16歳の若手クマ・ババカルと一度は契約しただろう。そして彼は間違いなく世界最高のストライカーに変貌したはずだ。
ただ、現実で27歳になった彼は決してトップレベルのアタッカーというわけではなく、現在はサッスオーロからのローンでレッチェに所属している状況だ。
2016-17シーズンにはセリエAで10ゴールを決めてついに開花するか…と思われたものの、全体的に一貫性がないままで20代中盤となっている。
「眠れる巨人」ヤヤ・サノゴ
フットボールマネージャーの2011年度版で「必ず獲得しなければならない」選手の一人だった。素晴らしいフィニッシュ能力を持ち、さらにスピードも高さもあった。
2012-13シーズンに2部で10ゴールを決めると、オセールからアーセナルへとすぐさまステップアップ。アーセン・ヴェンゲル監督の下で大きなチャンスを与えられた。
しかし結局「眠れる巨人」はアーセナルでの4年でわずか1ゴールに終わり、目覚めることがないままで2017年にトゥールーズへと放出されている。
「レンジャーズの超新星」ジョン・フレック
スコットランドのグラスゴー・レンジャーズで育成されたフレックは、2007-08シーズンに16歳でトップチームに昇格。若くして出場機会を獲得し、フットボールマネージャーでもとんでもない伸びを見せる選手になった。
ただ、それからしばらく低空飛行を続けることになり、ブラックプールとコヴェントリーとイングランド下部リーグの選手…という感じになっていたために評価を落としてしまった。
しかし28歳になった今季はシェフィールド・ユナイテッドでなかなかの活躍を見せており、アーセナルからの関心もあったという噂も。再びゲームでも数値が上がるかもしれない。
「メキシカンスター」カルロス・フィエロ
フットボールマネージャーの2013年版、2014年版で最もゴールを奪える若手選手になっていたメキシコ人FW。2011年のU-17ワールドカップで大活躍を見せ、4ゴールで優勝に貢献している。
すぐに台頭するかと思いきや、彼はメキシコリーグのチバス・グアダラハラで長くプレーし、いつのまにか埋もれてしまった。昨年25歳でサンノゼ・アースクエイクスに移籍して初の国外挑戦を果たしたが、おそらくゲームほどの選手になることはないだろう。
「ヴェンゲルも認めた」カルロス・ベラ
2007年に「世界で最もエキサイティングなティーンエイジャー」と讃えられた。2009年のフットボールマネージャーではゲーム中最高クラスの伸びを見せる選手であり、どんなユーザーも目をつけていたはずだ。
残念ながら、彼はアーセナルへと移籍した後は時折才能の片鱗を見せるだけとなり、最も重要な時期にブレイクを果たせなかった。
その後レアル・ソシエダでそこそこの活躍を見せたこともあって、決してキャリアは失敗であるとはいえないが…あのときの期待を思い返せば寂しいものがある。