【大学野球】自分じゃない自分へ 10か月で球速10キロ増、ドラ1候補・伊藤大海の“浪人生活”

大学ジャパンにも選出された苫小牧駒大・伊藤大海【写真:荒川祐史】

駒大苫小牧高で甲子園、現在は苫小牧駒大の4年生でエース・伊藤大海

野球がやりたくても、自分たちの思うようにできない。苫小牧駒大のエース右腕で今秋ドラフト候補の伊藤大海投手(4年)は以前と同じような思いがあったから、この“国難”を乗り越えられる自信がある。150キロを超える直球と強い身体を手に入れたのは、試合に出場できなかった約10か月の“浪人生活”の時期があったからだった。

誰にだって壁は存在する。駒大苫小牧高で2014年のセンバツ出場経験のある伊藤は、卒業後、駒大に進学。だが、環境の変化を求め、2016年の10月に退学し、地元・北海道の苫小牧駒大に再入学した。規定で1年間は大会に出場はできないため、トレーニングに集中した。

「せっかく、1年間あるので、自分自身がモデルチェンジをして、“別のピッチャー”になって、戻ってやろうと思っていました。その場合、周囲の一番、目に留まるのは球速(のアップ度)だなと思ったので、そこを目指して頑張ろうと思いました」

目標は2018年春のリーグ戦だった。満足いく身体を備えながら、試合に出ることができないことは、分かっていた。だが、伊藤はそのつらさを自分への期待に変えていた。当時はまだ到達していなかった150キロの球速。スピードに加えて、打たれない直球の質を探求した。

「高校時代も140キロが出るか、出ないかの投手だった僕が、本当に(150キロが)出るのかなと思っていましたけど、トレーニングだけをする時間で、体のことに気にし始めてからは、『行けるかもしれない』という思いを持つようになりました」

練習方法を見直した。まずはランニングの重要性。大学のキャンプで陸上出身の松下将志トレーナー(エムズボディサポート代表)の指導を仰ぎ、走り方を一から学んだ。陸上の分野から野球のヒントを会得。目標に向かったビジョンを持って、筋トレなどで体を大きく、強くしていった。

「ピッチングはやっていませんでした。基礎的なトレーニングが6割で、ウエイトトレーニングが3割。遠投が1割…そういう練習メニューでした」

ブルペン投球などは約10か月間、全くしていなかった。投球動作で大事にしていたのは遠投だった。それまでは距離を決めたら、そこに届くように投げるイメージだったが、その先を意識して強い球を投げるように努めた。

「(マウンドから本塁の距離である)18.44メートル以上、離れたら、自分は遠投だと思って、低く、強いボールを投げるようなイメージで投げるようにしました。そこから1メートル刻みでメジャーで距離を測って、投げたりもしていました」

長い期間、本格的な投球練習をせずにいて、不安はなかったのだろうか。

「投げたいという気持ちを優先して、ピッチングに入ってしまうと、どうしても前に戻ってしまうのではないかと思って、怖かったんです。なので、その10か月間は、自分がどんな姿になっているんだろうという期待感を持っていました」

期待感を持って我慢した投球練習、久しぶりのブルペンでは衝撃が走った

満足のいく体で動けているのに試合に出られない。つらい時期ではあったが、それ以上に自分自身に期待ができたから乗り越えられた。「ある意味、楽しみだなと思えました」と前向きな思考が支えた。キャンプが終わった後は自分で考えて練習メニューを組んだ。午前中は大学で、午後は母校の高校で施設を借り、練習をした。

「完全に野球漬けです。本を読むことも多かったですね。自分の感覚を大事にしていました。試合には出られませんでしたが、気分転換もできていました。今は考えられないですけど、1日中、外で野球をしていたという感じで楽しかったです」

2017年夏、満を持して、ブルペンのマウンドに上がった。指先にかかったボールが捕手のミットに勢いよく収まった。あの時のことは忘れられない。

「『衝撃が走る』というような感じでした(笑)。球速のアップの仕方もわからなかった自分が、150キロのスピードが出るようになりました。自分がそれまで、ピッチングに対する考え方、未熟だったと感じました。キャッチボール1つとっても、一球に対する考え方、取り組み方がまだまだ甘かったです」。

オープン戦などで実戦を積み、翌春に北海道六大学リーグ戦デビュー。6勝0敗でチームを優勝に導く大車輪の活躍。もう打たれる気はしなかった。全日本大学選手権にも出場した。別人のように生まれ変わったその活躍は鮮烈で、大学ジャパンにも選出された。球速を上げて、大学日本代表に選ばれること、そして目標のプロへ――。目指すべきところへの段階は上がっている。

高校や大学で自分のやりたい野球の適合性で、環境を変えるケースはよくあり、成功例も多くある。伊藤がやり遂げてきたことには芯があった。自分をしっかりと見つめ直すことも大事だったが、楽しみを見出しながら、日々を過ごした先に答えがあったのかもしれない。

伊藤は今、積極的に自分の体験をSNSやYouTubeで動画をアップし、小中学生ら子供たちや保護者、指導者らに野球の技術をアドバイスしている。

「今日もこの後、動画をあげる予定ですが、家でできるトレーニングとかを紹介しようかと。ツイッターで来た質問にもできるだけ答えようと思っていますが、重複する疑問もあるので、動画で見てもらえたらと思っています」

少しでも野球が上手になってほしい。可能性を信じて野球を続けてほしい――約1年の“浪人生活”を送ったが、それは伊藤にとって力を貯めた“10か月”だった。

◇伊藤大海(いとう・ひろみ)1997年8月31日生まれ、北海道鹿部町出身。176センチ、82キロ。右投左打。鹿部小で「鹿部クラップーズ」で野球を始め、駒大苫小牧では1年秋に初ベンチ入りし14年の選抜、創成館戦(長崎)で3安打完封勝利。駒大進学も1年秋に退学し、17年春に苫小牧駒大入学。2年春に公式戦デビューし、無傷の6勝でリーグ優勝し全日本大学選手権出場。2、3年時に侍ジャパン大学代表。ツイッターのアカウントは(@hiromi151)。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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