実況のプロが語るスポーツ中継の裏側 コロナ禍での無観客試合をより深く楽しむポイントとは

実況といえばスポーツ中継に欠かせない要素の一つだが、映像があるテレビやインターネット配信とラジオではその形が異なるというのを意識したことはあるだろうか。元文化放送、現在はDAZNなどで実況を務めているフリーアナウンサーの上野智広氏は、その両方を経験してきた一人。長年野球を中心に幅広いスポーツを言葉で伝えてきた上野氏には、実況人生に残る解説者との「最高のやりとり」、そして自分なりの”実況者論”があるという。コロナ禍によってプロ野球やJリーグは無観客での試合開催が検討されている中でスポーツ中継に欠かせない実況の裏側を知れば、デバイス越しの観戦をもう一段階深く楽しめるはずだ――。

(インタビュー・構成・撮影=森 大樹)

三塁コーチの経験が野球の知識のベース

――現在は野球を中心に実況を担当することが多い上野さんですが、やはりご自身も実際にプレーをしていたのでしょうか?

上野:中学は軟式、高校は硬式野球をやっていました。強くはないし、理不尽もまかり通る時代でしたが、周りに恵まれて、楽しく野球をやってましたね。

――ポジションはどこを守っていたんですか?

上野:補欠でしたが、ポジションはセカンドでした。試合の時はほとんど三塁コーチをやっていましたね。

――でも三塁コーチは結構重要なポジションですよね。

上野:だからよく怒られましたよ(笑)。でもそこで野球を勉強した感じです。コーチの言っていることは正しいんですが、無茶ぶりがひどかったですね。「点が入るかどうかの大事なところだから、本当は俺があそこに立って指示を出したいけど、できないからお前が代わりにあそこに立っているんだ。だから俺が考えてることをお前がやれ!」と言われていました。でもそんなの、一部活生にわかるわけがない(笑)。

その中でも次はどんなサインが出そうか予測したり、ランナーの足と外野手の肩を常に考えるようになりました。それが結果的に野球における観察力を養い、今の仕事に生きています。

――いつ頃から話す仕事をやりたいと考えるようになったのでしょうか?

上野:本当は野球をやっていたかったのですが下手だったので、上のレベルでやるのは無理だと感じていました。でも野球に関わっていたいとは思っていましたね。明確に話す仕事とは決めていませんでしたが、高校3年生の秋の進路面談でも野球に関わる仕事がしたいと先生に話したことは覚えています。

――早くから漠然とスポーツに関わる仕事をしたいとは、思っていたのですね。

上野:はい。もともと子どもの頃からテレビやラジオだけでなく、父親に連れられてプロ野球を見に行っていました。父親の会社がシーズンシートを持っていて後楽園球場(現在は閉鎖)によく行っていたのですが、2階席の下にゴンドラが吊り下げてあってそこが放送席でした。それが観客席からでも見えたので、「あそこにいる人になれば毎日野球が見られるんだな」とは思っていました。

話し下手からアナウンサーの道へ

――では、どのようにしてアナウンサーの道が開かれていったのでしょうか?

上野:高校卒業後は早稲田大学に進学して、放送研究会に入りました。でもその世界に進むと決めて入ったわけではなくて、単純に話す力を身につけたいと思ったからでした。

というのも中学・高校と男子校で、しかも運動部だったので全く人前で話すことができなかったんです。しかもバリバリの文系なので、基本的には営業的な仕事をしなくてはいけないだろうと考えた時に、まずはとにかく話せるようになろうと思いました。

――それから1991年に文化放送に入社されていますが、ラジオの新人アナウンサーは基本的にどのようなキャリアを歩むのでしょうか。

上野:人によって全然違いますね。まず業務として番組のレポーターをしたり、ニュースを読んだり、ルーティンでの泊まり勤務に振り分けられます。その合間にスポーツ部に現場の勉強をさせてほしいとお願いして、最初は現場を見学させてもらいます。それから徐々に練習させてもらえるようになっていきます。最初の1年間はほとんどスポーツの現場には行かせてもらえなかったですね。

――やりたい分野に対しておのおのアプローチしていく形ということですね。

上野:当時はそうでしたね。向き不向きというのもありますし、やりたいこととできることが、必ずしも一緒とは限りませんから。

練習が進んでいく中で最初はレポーターとしてデビューします。あとは当時、(FM)NACK5の野球中継は文化放送のアナウンサーがしゃべっていたので、そこで先に実況デビューするという流れがありました。

あるいは地方局向けの中継の実況をするパターン。例えば、西武球場(現・メットライフドーム)で西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)vs福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)があったとします。本来、文化放送では週末のデーゲームは中継しないのですが、福岡では地方局から流すので実況が必要です。その福岡向けの中継の実況から徐々にやっていって、最終的に文化放送でデビューすることになります。

大一番こそ緊張せずに表現するのが実況の仕事

――上野さんの一番最初の実況の記憶について聞かせてください。

上野:それこそ一番最初にやった福岡向けの実況のことはよく覚えています。緊張しまくっていて5回ぐらいから、すごくトイレに行きたくなってきちゃったんですよ(笑)。でもありがたいことに、福岡のデーゲームは合間に競馬中継が挟まるので、競馬中継に助けられて、途中でトイレに行けました(笑)。

――(笑)。自分が実況を担当した中で印象深い試合はありますか?

上野:そういう試合もあるはずなのですが、実は本当に覚えていないんですよ。例えば先日亡くなった元・大阪近鉄バファローズのエルビラのノーヒットノーランは、僕が実況していたみたいなのですが、全然覚えていません(笑)。何かの番組の企画でその時の中継が流れて、「あれ?これは自分の声だな。しゃべってたっけ?」と気付きました。

――試合の規模や重要度で緊張の度合いは変わったりしますか?

上野:基本は緊張しないので変わりませんね。楽しさの度合いは変わってきますけど。大一番ほど張り詰めた空気にはなりますがその分乗っていくことができるし、楽しいです。そもそも空気が張り詰めていることが緊張になってはいけない仕事ですしね。気持ちの張りをどうやっていい形で表現できるか、というのが求められる仕事だと思います。

私の場合、逆に張り詰めていない時に、気の抜いた実況をしないということも大切です(笑)。自分ではそのつもりはなかったのですが、先日もそのことで少し怒られました。サラリーマンの頃は怒られれば済む話でしたが、今は下手をすると仕事がなくなってしまう時代なので、気を付けながらやっています。

――上野さんは野球に限らず幅広くスポーツの実況をしていますが、競技に制限はあるのでしょうか。

上野:基本的に、声がかかればどんな競技でもやります。新型コロナウイルスの影響で開幕するかわかりませんが、今年はバイクもやる予定でした。ただ、過去にやったものでは競馬は向いてなかったですね。馬の名前がなかなか覚えられませんでした。そもそもカタカナが読めないということが致命的でした。競馬実況のうまい人を見て思うのは、やっぱり好きこそ物の上手なれなんでしょうね。

――媒体も、音声のみのラジオと画面があるテレビやネット中継両方をやっていますが、その違いを教えてください。

上野:例えば当日のタイムスケジュールに違いがあります。ラジオは直前まで自分のペースで過ごせる時間が割とあるので楽です。一方テレビは画を作ってくれる人、映像素材を出してくれる人など、自分一人ではできない部分が多く、共通認識の部分を本番前にスタッフと確認しなければいけません。そうなると中継前の自分が一番大事にしたい時間に打ち合わせが入ったりするんです。もう少し取材したい、資料のまとめを作っておきたい、食事をしておきたいといった時間に打ち合わせがあるので自由に時間のコントロールができないのがテレビ中継の難しさです。

技術面でいうと、ラジオは全て自分の言葉で表現しないといけないので、今どこで何が起こっているのかを瞬時に整理してしゃべる必要があります。その中には決まりごともありますが、最終的には自分の判断で押していけるので、割と自由が効くという部分があります。一方で映像があると、画で見せてるから言わなくていいこと、画で見えてるからこそ、言葉を足していったほうがいいことがあって、最初はその取捨選択が難しかったですね。慣れてきて、画を作ってくれている人の意図がわかってくると、その取捨選択が楽しくなっていきました。

解説・豊田泰光氏との最高のやりとり

――試合の実況といえば解説者との掛け合いもアナウンサーの重要な役割の一つだと思うのですが、いかがでしょうか。

上野:実は僕の中で今でも思い出に残っている解説者との最高のやりとりがあるんです。

神宮球場でのとある試合でバックネット裏にファウルボールが上がったシーンがありました。神宮の実況席は1階席と2階席の間にあって、球場のすべてを見通すことができ、狭くて施設が古いということを除いては、最高の環境にあります。

だからそのファウルボールも落下点まで目で追うことができたのですが、バックネット裏の親子連れのところに落ちてきて、打球を素手で取りに行ったお父さんが見事におでこでキャッチしたんですよ(笑)。本来であればファウルゾーンに入ったということを伝えて終わりなのですが、それを何となく見ていた私は面白くてそのまま実況してしまいました。

私が「おでこでキャッチ!」とか言っていたら、亡くなった解説の豊田泰光さんも話し始めたんです。「お父さんもいいところを見せたかったのか、あれは痛そうです」と話したら、豊田さんも「痛いどころじゃないですよ」と解説が始まりました。全然プレーとは関係ありませんが、それが今も自分の中では最高の解説者とのやり取りです。

――解説者との距離感を見極めるのも難しそうです。

上野:毎回解説者とのやり取りは腹の探り合いです。何を言いたそうかを予測し、それに沿った話題を振ってあげると喜んで話してくれます。逆に全然違うことを聞いたり、間違ったことを言うと大変です。

反射神経で反応して進めていけるかどうか。われわれの仕事は見たものをしゃべるというのはもちろんですが、それ以上に、解説者がいれば解説者とのコミュニケーションによるトーク番組だと思っているので、いかに解説者の話をうまく生かすかということが大事です。または、よくあることですが、解説者の話と自分が取材した話が違う時にどちらを選ぶかという話を含めて、我を張って失敗している人をよく見ます。実際、自分もやったことがあります(笑)。

無観客試合を深く楽しむための”実況者論”

――体が資本の仕事だと思いますが、声のケアとしてやっていることはありますか?

上野:私はやっていません。もちろん基本のうがい・手洗いはしますが、のどは甘やかしてはいけないと思っているからです。調子が悪い時に初めて、うがい薬を使うぐらいです。のどは筋肉なのでケアも大事ですが、それ以上に鍛えることが大切だと思っています。一方で医師からは「筋肉は疲れれば炎症もする。そういう時は休ませないといけない」と言われたことがあります。それからは鍛えることと、無理をさせないこと、いいバランスでうまく乗り切る方法を考えるようになりました。

そもそものどが筋肉と考えるようになったのは、アナウンサーになりたての頃に「のどは潰して鍛えろ」と言われていたからです。声が出なくなった時に初めて強い声になって返ってくるという考えで、筋トレと同じということですね。今は局アナのように代わりがいるわけではないのでなかなかそうもいきませんけど、つぶす度にいい声になっていくというのは感じる部分はありました。

どうしても仕事柄声を休ませられないことが多いので、ごまかしながらとりあえずやるしかありません。その場合、使い切ってしまうとリカバリーに時間がかかってしまい、後がつらくなるので出しすぎないようにします。

――上野さんが考える実況のうまさとは何でしょうか。

上野:実況を聞いていて自分が知りたい話をいいタイミングで出してくれるかどうかだと思います。しゃべるのにいっぱいいっぱいで聞きたい話どころか中継で必要のある話が永久に出てこない人もいます。一生懸命しゃべっている人に限って、今何が起こっているかをまったく伝えられていないっていうことは結構ありますね。

あとはさっき言ったテレビの話の弊害なのですが、作り手側がその試合のこと以上に情報を詰め込み過ぎてしまっていることもよくあります。そう考えると実況だけでなく、番組作りのうまさとも関わってくるのかもしれません。

それから、ラジオであれば画がない中で音だけでスコアが付けられる実況をできなければならない、ということは言われていました。今、何が起こっているかを自分が分かっていなかったら、スコアが付けられるわけがないですし、実況ができるわけがありません。野球であれば細かいランナーの動きも含めて伝える必要があります。

でもすごく大事な場面なのに全然関係のない話をしていたり、いいプレーがあった時に、違う話をまだ続けている人とかはたぶん今何が起こっているかがわかっていないんでしょうね。そういう人は言葉尻では試合経過を言えていても、スコアが付けられる実況にはなっていないと思います。全て、若い頃の失敗があって、初めて気づけたことではあるのですが。

――新型コロナウイルスの影響で各リーグは開幕してもしばらく無観客試合が続きそうです。どういったところに注目したらより面白く中継を見ることができると思いますか?

上野:私は“音”によって野球の原点を感じられると思っています。自分が野球をやっていて何が面白かったかというと、打撃音や気持ちよくミットに吸い込まれる音、ベンチから飛ばされるヤジ、そこで出している指示の声などでした。

無観客でそういった音がよく聞こえるので、本当の野球の原点の面白さというのを感じてほしいです。もちろん応援があるから面白くて、ないからつまらないと思う人がいるのもわかっています。でもだからこそ今しかできない違った野球の見方をしてみませんか、ということです。

――実況のうまさと競技が生み出す音を気にすることで、もう一歩深いスポーツ中継の見方ができそうです。

上野:まだ新型コロナウイルスの影響を受ける期間が続き、StayHomeしなければならないなら、そのストレスをスポーツを見ることで発散できるといいですね。一足早く無観客試合でプロ野球が開幕した韓国ではネット回線を通じた観戦、応援を面白くする施策をやっていると聞きます。さまざまな視点で中継映像を見ることができるようになっており、応援団を試合に入れて、そのリードに合わせて画面を通じて応援するといった形になっているそうです。

国内のプロスポーツも興行である以上、本当は無観客開催を避けたいところだとは思います。でも見る側としては試合が行われるのはありがたいですよね。だから無観客試合でも球団が収益を得られるような方法をファンも一緒に考えていきたいですね。そしてゆくゆくは皆さんと現地で野球を楽しめる日が一日でも早く来ることを願っています。

<了>

PROFILE
上野智広(うえの・ともひろ)
1967年4月15日生まれ、千葉県出身。フリーアナウンサー。早稲田大学卒業後、1991年に文化放送に入社。同局『ライオンズナイター』、箱根駅伝等で実況を担当したほか、ジャパンコンソーシアムの一員として北京オリンピックのラジオ実況も務めた。2014年に文化放送を退社し、フリーアナウンサーとなる。現在はDAZN、イレブンスポーツ、BIG6.TV等で実況を務めており、野球を中心にアメリカンフットボール、バスケットボールなど幅広い競技を担当している。

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