映画館の休館を受けてオープンした「仮設の映画館」で注目される映画「精神0」

新型コロナウイルスによる映画館の休館を受けてオープンした、インターネット上の「仮設の映画館」で、想田和弘監督の観察映画「精神0」が注目を集めています。

岡山県の精神科クリニックの精神科医とその妻、患者たちをとらえたこの映画には、老いや病気と向き合いながら、私たちはどのように人生に希望を見出せばよいか、問いかけてくるような内容になっています。


患者たちの素顔が世界中に衝撃を与えた

新型コロナウイルスへの対策として行なわれた映画館の休館を受けて、非常の策として開設されたインターネット上の「仮設の映画館」で、精神科クリニックを営む夫婦とそこに集う患者たちをとらえたドキュメンタリー映画が注目を集めています。

その作品は,想田和弘監督による観察映画「精神0」。

想田監督は、一切のナレーションやテロップ、台本を廃した「観察映画」というジャンルを掲げ、ありのままの真実を捕らえた作品で世界的に注目を集めています。「精神0」は想田監督による観察映画の第9弾で、岡山県の精神科診療所「こらーる岡山」(その後「大和診療所」に改称)の山本昌知医師と、その妻である芳子さん、そして、そこに集う患者を映し出しています。

この作品の前編とも言えるのが、想田監督が08年に公開した「精神」です。想田監督はこの作品で初めて山本医師と患者たちを被写体にしたのですが、精神病の患者たちがモザイクもなしに素顔を出し、その病気や人生を赤裸々に語るようすは、世界中の観客に衝撃を与えました。

今回、前作「精神」で知合った患者から、山本医師が精神科医を引退することを聞き、続編の撮影を始めたという想田監督。映画の焦点は山本医師の診察室から、やがて山本医師と妻・芳子さんの夫婦の形へと移っていきます。

コロナ禍で直面した人生の不自由さについて

想田監督自身も妻の柏木規与子氏がプロデューサーを務め、夫婦の共同作業で映画制作を続けてきましたが、前作「精神」を撮影したときには、患者たちと山本医師ばかりに気をとられ、妻の芳子さんのことはあまり意識することがなかったといいます。

しかし、今回、夫婦のようすを捉えているうちに、「こらーる岡山」という精神科診療所を支えてきたのは、実は妻の芳子さんだったことに気付き、男性の役割ばかりが表に出る家父長制的な見方に自分も染まってしまい、女性の役割に光をあてることが十分でなかったことを反省したといいます。

かつてのような健康な身体ではなくなっていきながらも、夫婦が手を携えて歩いていく姿は観客の胸に静かな感動を呼び起こすと同時に、人間は誰でもいつまでも健康ではいられない、老いていく存在なのだということを、改めて考えさせます。

このコロナ禍で私たちは行動や行き先が制限され、大変な不自由さに直面してストレスを感じることになりましたが、年をとって身体が不自由になったり、障害や病気を持ってしまった人は、コロナ禍の以前から、さまざまな不自由さの中で生きることを強いられてきたのだとも言えます。

かつてのような健康な身体ではなくなったとき、私たちは何を頼りに生きていくか。それでも最後まで残る希望はどこにあるのか。「精神0」という映画は、そんな思いも私たちの心の中に呼び起こしてくれるのです。

緊急事態宣言が解除後はスクリーンでも

今回インターネット上に設けられた「仮設の映画館」は、映画館の休館というかつてない事態にあっても映画の火が絶やされることのないように、想田監督や、その映画を配給してきた配給会社の東風が主にミニシアター系の映画館に呼びかけて、収益を一般的な映画興行と同じように劇場と配給が分配する形で設置されたものです。

上映作品はほかにも、刑務所での社会復帰プログラムに取り組む青年たちを題材とした「プリズン・サークル」や、原発事故からの復興に取り組む福島県双葉郡広野町の人びとを映した「春を告げる町」など、見ておく価値のある作品が揃っています。

「仮設の映画館」はあくまで映画館が休館の間の試みで、映画館が再開したらなくなるとのこと。緊急事態宣言の解除を受けて映画館も再開しはじめていますが、普段なかなか劇場に足を運ぶ時間のない人は、この機会にいつもは見ないタイプの映画を自宅で鑑賞してみるのもいいかもしれません。

「精神0」は映画館が再開したら、実際のスクリーンでも上映される予定なので、すでに仮設の映画館で見た人からも、再開後は改めてスクリーンで見たいという声も、ネット上ではすでに上がっています。

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