サイケデリックロックから転向を果たしたグレイトフル・デッドの『アメリカン・ビューティー』

『American Beauty』(’70)/Grateful Dead

グレイトフル・デッドというグループは捉えどころのないグループだと思う。少なくとも若い時は彼らの良さなどまったく分からなかった。ドラッグ、実験、ヒッピー、ライトショーなど、デッドの周辺を取り巻く環境が、日本人リスナーにとって無縁のものばかりであるからかもしれない。メジャーのレコード会社に所属していたにもかかわらず、勝手気ままなレコード作りをしてプロデューサーを激怒させていた彼らだが、本作の前にリリースした『ワーキングマンズ・デッド』(‘70)で、それまでのサイケデリックかつ実験的なサウンドからルーツ志向のフォーキーサウンドへとスタイルを一変させている。『アメリカン・ビューティー』は『ワーキングマンズ・デッド』の路線を踏襲しているものの、楽曲の完成度という意味で本作のほうが素晴らしい。

頭のいかれたヒッピー集団

初期のデッドほど無茶苦茶なロックバンドはそう多くない。アルコールやドラッグだけでなく、前衛芸術や実験音楽などであふれた60年代のサンフランシスコの若者たちは、のちに登場するパンクロッカーの比ではないぐらいぶっ飛んでいたと思われる(実際に自分が体験したわけではないのだが…)。デッドはワーナーと契約する前から、ライヴアクトとしてサンフランシスコでは絶大な人気があった。いくつかのヒットシングルをリリースしていたジェファーソン・エアプレインやクイックシルバー・メッセンジャー・サービスといったシスコの人気グループとは違って、1曲が30〜40分にもなる長尺のナンバーを5〜6時間も演奏し続けるスタイルで、ドラッグを決めてトリップしたい若者たちから支持されていたのである。

だから、大手のワーナーから契約の申し出があった時には、スタジオの無期限使用を認めさせている。結果、スタジオではやりたい放題となり、プロデューサーを何度も激怒させる事態となった。エンジニアにはロスのスモッグで汚れた空気とアリゾナの澄んだ空気を録音してミキシングしてくれと、訳の分からないことを真顔で依頼することもあったそうだ。もちろん、そのエンジニアはアルバム制作途中で出て行ったまま帰っては来なかった。また、アルバム制作中、半分しか曲ができない時には、ライヴ録音で残り半分を埋めるといういい加減さである。

広範な音楽性を持ったメンバー

しかし、構成するメンバーは広い音楽性と恵まれた才能があった。リーダーのジェリー・ガルシア(95年没)は他のシスコ界隈のロックグループと同じようにフォークリバイバルの影響を受け、ブルーグラスやカントリー、フォークをバックボーンにしており、ギターをはじめ、バンジョーやペダルスティールも得意としていた。ベースのフィル・レッシュはジャズやクラシック、電子音楽に興味を持っていた。ヴォーカルとマウスハープのピッグペン(ロン・マッカーナン、73年没)はブルースオタクであった。ギターとヴォーカルのボブ・ウィアはビートルズとロックンロール、カントリーに影響を受けている。ドラムのビル・クルツマンとミッキー・ハートはジャズやワールドミュージック、前衛音楽に影響を受けている。作詞を担当(演奏はしない)するロバート・ハンターは文学を勉強しており、ガルシアとは幼馴染の間柄。彼もフォークリバイバルでフォークやカントリーに影響されている。

リーダーのジェリー・ガルシアはアメリカのロックアーティストで最も影響力を持つ人間のひとりである。その影響力はアメリカに限って言えばボブ・ディランやビートルズにも匹敵するかもしれない。ガルシアは音楽だけでなく、生き方や民主的な大組織作り(デッドヘッズやヒッピーコミューン)に至るまで、同時代のロックグループや一般の若者はもちろん、のちに登場するフィッシュはグループ運営やファン、サポーター、ライヴの手法などに至るまで、ガルシアのやり方をそっくりそのまま引用するなど、絶大な影響を与えている。

サザンロックの原型を生み出す

デッドがリリースした2ndアルバム『太陽の讃歌(原題:Anthem Of The Sun)』(‘68)では、ふたり目のドラマーのミッキー・ハートが加入しツインドラムとなった。このアルバムは前述したようにスタジオで半分しか収録できず、ライヴ録音で残りを埋めたために長尺曲が多くセッションアルバム的な仕上がりになっている。彼らは曲作りを途中で投げ出すことも少なくなく、その場合は中途半端な曲のいくつかをつなげて1曲にすることもあった。また、ライヴ曲とスタジオ録音曲を違和感なく並べるために、仕方なく編集作業に時間をかけるのだが、それが思わぬ結果を生むこともあった。評論家の間で画期的なトータルアルバムという評価となり一般には売れなかったが、デッドの高い演奏力もあってアーティストたちの間でも評判となった。特にデュアン・オールマンは、このツインギター、ツインドラム(だけでなく演奏面においても)という編成にインスパイアされ、自らの新グループとなるオールマンブラザーズバンドにデッドの手法を取り入れることになる。言ってみればサザンロックの原型はデッドが生み出したようなものなのである。

ガルシアのルーツへの回帰

1970年は5thアルバム『ワーキングマンズ・デッド』と6thアルバムとなる本作『アメリカン・ビューティー』の2枚をリリース(正確にはライヴ盤『ビンテージ・デッド』も出しているのだが、これは66年の録音だし海賊盤っぽいので数えていない)するなど、デッドが最も活性化した年であった。

『ワーキングマンズ・デッド』ではクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング(以下、CSN&Y)ばりのコーラスと優しいフォーキーなサウンドが聴けるが、それは偶然ではなく、実際にCSN&Yが絡んでいるのである。ガルシアはCSN&Yのアルバム『デジャブ』(‘70)にペダルスティールで参加した際、歌を大事にする彼らの音楽性に大きなインパクトを受け、作詞家のロバート・ハンターと、自分たちのルーツであるカントリー、フォーク、ブルーグラスをモチーフにした曲を書くようになっていた。デビッド・クロスビーとスティーブ・スティルスはミッキー・ハートの牧場で休暇期間を過ごしており、その時に彼らの訓練された美しいコーラスをウィアとともに聴き、ガルシアらと同じタイミングで影響されるのである。『ワーキングマンズ・デッド』はこれまでのような演奏主体のセッション的な作品とは違って、歌を生かしたルーツ色の濃いアルバムで、デッドは見事な転身を遂げたと言えるだろう。ガルシアはギターだけでなく、バンジョーやペダルスティールも駆使して新生グレイトフル・デッドに貢献。デッドを代表する名曲のひとつ「ケイシー・ジョーンズ」を収録している。

本作『アメリカン・ビューティー』 について

そして、前作から約半年弱でリリースされたのが本作『アメリカン・ビューティー』である。アメリカン・ビューティーとはバラの名前でもあって、ジャケットにはバラが描かれ、その上下に当時の流行りであったサイケデリック風のフォントでタイトルが描かれている。イラストレーターによれば、「文字はアメリカン・ビューティーともアメリカン・リアリティーとも読めるように描いた」とのことである。

ゲストには、その昔ガルシアとブルーグラスをやっていて、ニュー・ライダース・オブ・ザ・パープル・セイジ(以下、NRPS)のメンバーであるデビッド・ネルソンと、同じくNRPSのデイブ・トーバート、そしてイーブン・ダズン・ジャグバンドやアース・オペラのメンバーで、優れたマンドリン奏者デビッド・グリスマンらが参加している。

収録曲は全部で10曲。録音はほぼスタジオライヴの形式で行なわれた。冒頭の「ボックス・オブ・レイン」はフィル・レッシュのリードヴォーカル、ギターソロはガルシアでなくNRPSのデビッド・ネルソンが弾いており、バーズのクラレンス・ホワイトに似た味わいのあるソロが利いている。デッドの代表曲とも言える「シュガー・マグノリア」「トラッキン」はウィアのヴォーカルで、この2曲はのちに彼が結成するキングフィッシュの音作りの基礎ともなっている。「さざ波(原題:Ripple)」と「ブロークダウン・パラス」の2曲はデッド渾身の名曲だ。「さざ波」は世界のアーティストたちがネットで同時演奏する『ソング・アラウンド・ザ・ワールド』シリーズでも取り上げられており、「ブロークダウン・パラス」は数年前にワトキンス・ファミリー・アワーが1stアルバムで素晴らしいカバーを披露していた。「フレンド・オブ・ザ・デビル」と「人生の裏側(原題:Attics Of My Life)」はガルシアのルーツであるブルーグラスの要素を持った曲。ジャグバンド風ブルースナンバー「オペレーター」はピッグペンの朴訥なヴォーカルとマウスハープが聴きもの。「キャンディマン」「ブロークダウン・パラス」「人生の裏側」など、少し暗めの曲については、これは本作録音中にガルシアの母親が亡くなったこともあって、追悼の意味が込められているようだ。なお、本作は全米チャートで30位まで上昇し、デッドのスタジオ作品としては好セールスとなった。ローリングストーン誌の史上最高のアルバム2012年版では261位である。

本作はきっちり制作されたロック作品と比べると、ゆるいサウンドだと思うかもしれない。僕も初めはそう思っていたのだが、何度も聴いていくうちに不思議と病みつきになるのである。これがグレイトフル・デッドの特徴であり、デッド入門としては名曲の多い本作が最適ではないかと思う。本作が気に入れば『ヨーロッパ72』(‘72)や『凍てついた肖像(原題:Steal Your Face)』(’76)もぜひ聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『American Beauty』

1970年発表作品

<収録曲>
1. ボックス・オブ・レイン/Box Of Rain
2. フレンド・オブ・ザ・デヴィル/Friend Of The Devil
3. シュガー・マグノリア/Sugar Magnolia
4. オペレイター/Operator
5. キャンディマン/Candyman
6. さざ波/Ripple
7. ブロークダウン・パレス/Brokedown Palace
8. 朝になるまで/Till The Morning Comes
9. 人生の裏側/Atticts Of My Life
10. トラッキン/Truckin’

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