紙の表現が勢ぞろい:市原湖畔美術館の「雲巻雲舒―現代中国美術展・紙」をレポート

新型コロナウイルス感染防止のため4月より臨時休館していた市原湖畔美術館が、5月28日についに再開。7月26日まで同館で開催中の展覧会「雲巻雲舒―現代中国美術展・紙」の様子をレポートで紹介する。

古代中国の4大発明(羅針盤、火薬、紙、印刷)のひとつとされる「紙」にフォーカスする本展は、雲が太陽に絡まり、大空に広がる様子を意味する「雲巻雲舒(うんかんうんじょ)」がメインテーマ。自由自在に漂う雲のように、広い視野で自身や社会問題に向き合うアーティストの作品を通して、物事に対する認識を問いかけるというものだ。

会場風景より、手前から李洪波の《無始無終》と、邬建安の「五百筆」シリーズ

参加作家は、ニューヨークを拠点とする蔡國強(ツァイ・グオチャン)や林延(リン・イェン)をはじめ、中国国内外で活躍する気鋭のアーティスト7名。日本初展示のアーティスト4名も含まれている。キュレーターは、広州ビエンナーレのキュレーションや、グッゲンハイム美術館やテートなどで展覧会のコーディネートに携わってきた鄭妍(ツェン・イェン)だ。

芸術においては画像を映し、絵画の下地として使用され、空間を仕切る役割も持つ紙。展覧会の冒頭で、展覧会前後の時空を仕切るように人々を迎えるのは、林延(リン・イェン)の《天璣Ⅲ-問天》。中国歴代の書道絵画用の紙を使い、シンプルな白黒2色の絵画彫刻を手がけてきた林延にとって、北斗七星と名付けられたプロジェクトのひとつでもある「天璣」シリーズは初のインスタレーション作品。中国の書道や水墨画で用いられる宣紙からなる迷路は、その道中から望む紙のレイヤーと自然光の美しさも見どころだ。

会場風景より、林延《天璣Ⅲ-問天》。迷路のように作品の中へ足を進める

続く劉建華(リュウ・ジャンファ)が壁に展示するのはシンプルな《白紙》。一貫して陶磁器を用いた作品を発表し、現代中国のアーティストの中でも実験的な作品を手がけることで知られる劉は、本展では「記録するための紙」とは一線を画す、アートとしての《白紙》を展示している。

本作では、それぞれの角に見られる、形の異なる繊細なめくれに注目してほしい。

会場風景より、劉建華《白紙》。角の繊細なめくれは間近で確認してほしい

紙の存在感が前景化する作品から一転、日本初展示となる伍偉(ウー・ウェイ)が発表するのは、毛皮を思わせる《ステルス》。文明、野生、神話をテーマに、素材と空間における新たな空間を探求してきた伍は、《ステルス》では紙を裁断、再編成することで毛皮のような質感を実現させた。

毛皮と獣の胴体を思わせる起伏が印象的な本作の背景には、現代文化に対する思考と問いかけがあるという。

会場風景より、伍偉《ステルス》。紙を裁断することで毛皮のような質感を生み出している

伍と同じく今回日本で初展示を行うのは、北京在住の王郁洋(ワン・ユーヤン)。新たなメディアを用いながらも、その新規性を強調しない作品スタイルを特徴とする王は、手すき紙をつくる全工程をデジタルビデオカメラで記録し、その映像を1コマずつ写真化し、完成した手すき紙に印刷するという手法の《語る─一紙の束》を出品している。

175時間11分37秒のドキュメンタリー映像から生成した15136728枚もの写真を901枚の紙に印刷するという、長いプロセスを経た本作。破壊の美学や、材料の浪費がもたらすアート性に関心を持つという王のユーモアに富むスタイルが端的に反映された作品と言えるだろう。

会場風景より、王郁洋語る─一紙の束》。175時間11分37秒のドキュメンタリー映像が紙の作品に変身

いっぽう、私と火薬を用いた「火薬画」で知られ、日本で数々の展覧会に参加してきた蔡國強(ツァイ・グオチャン)は、1990年に福岡市で制作した《私はE.T. —天神と会うためのプロジェクト》を発表している。

福岡市の空き地にて火薬を使い、ミステリーサークルを模倣した円形をつくった本作は、エイリアンと人間とのコミュニケーションを試みるというユニークなコンセプト。会場では作品とともに当時の記録映像も見ることができる。

会場風景より、蔡國強《私はE.T. —天神と会うためのプロジェクト》。作品と記録映像をあわせて鑑賞できる

会場階下へ足を進めると、そこには李洪波(リー・ホンボー)と邬建安(ウー・ケンアン)による大型作品が。

中国で子どもたちに親しまれてきたという伝統的なおもちゃ「紙のひょうたん」に用いられる技法を用い、優雅で張りのある紙作品をつくる李洪波(リー・ホンボー)は、本展では《無始無終》を出品している。円柱の端と端とをつなげることで、タイトルの通り、終わりも始まりもない大規模なチェーンリングをつくり出した李。本作の細部を近くで眺めると、チェーンは世界各地の新聞紙の集合体であり、それぞれの新聞紙が曖昧に融合し合うように構成されていることに気づく。

会場風景より、李洪波《無始無終》。世界各地の新聞紙が繊細に折り重なることで巨大なチェーンを構成する

李の作品と並んで展示され本作の最後を飾るのは、中国とヨーロッパの古典神話や歴史を学び、伝統文化を現代アートへと昇華させた作品が世界的な評価を得る邬建安(ウー・ケンアン)。邬は、2016年に越後妻有の地元住民や知人らと共同制作した「五百筆」シリーズを展示中だ。

2015年より、一般の人々とアーティストとの共同制作を通して個人と集団の関係性について問う「五百筆」を継続してきた邬。屏風のような形で、それぞれ2幅の紙本水墨(または水墨着色)は、人々が好きなように一筆ずつ書き、その筆跡を邬が切り抜き、抽象的なイメージへと仕立てたもの。会場ではリズミカルな画面を堪能してほしい。

会場風景より、邬建安「五百筆」シリーズ。リズミカルな画面が特徴

本展の解説にもある通り、本展に並ぶ作品の素材はすべて紙。しかしひとえに紙と言っても、手法も形態もじつに多種多様なため、まずはその素材の顕れの違いを感覚的に楽しんでほしい。そして、その背景にある思索をじっくり読み取ってみることをおすすめしたい。

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