昔のハリウッドで起きていた、ウソみたいなホントの話 17選

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昔のハリウッド、ヤバイ。

昔のハリウッドスターのみなさんの、演技や美容にかける情熱というか意気込みがスゴすぎました。美容も撮影方法もライバルへの嫌がらせも…。

演技できない子役にはおしおき。

20th Century Fox, MGM

セットで言うことを聞かない子どもは、「ブラックボックス」と呼ばれる部屋に連れて行かれ、氷の上に座らせるなどのお仕置きをうけた。

女優として活躍した後に外交官になったシャーリー・テンプルも、子役時代のお仕置き体験について語っている。

オードリー・ヘプバーンは安全ピンで睫毛をセット。

ABC

ヘプバーンの象徴ともいえるキュートな目元は、彼女のメイク担当であるアルベルト・デ・ロッシによって作り出された。

ヘプバーンの伝記『Audrey Hepburn: An Elegant Spirit』で、ヘプバーンの息子が「ロッシはマスカラをした後、長い時間かけて安全ピンでまつげ1本1本にわけ整えていた」と語っている。

鳥を結びつけられたティッピ・ヘドレン。

Universal Pictures

アルフレッド・ヒッチコックの代表作の1つ『鳥』(1963年)の屋根裏シーンでは、生きた鳥を主演のヘドレンに結びつけて撮影した。

もともとは小道具である偽の鳥を使うはずが、技術面で問題が起き、本物の鳥に変更。これを見た俳優のケーリー・グラントは、ヘドレンに「今まで会った中で、あなたは1番勇気ある女性だ」と言ったという。

イメージを守るため、結婚しない、子どもは生まないと約束させられた女優たち。

Wikipedia / Public Domain / en.wikipedia.org/20th Century Fox

子どもを持つことは、女優のグラマラスなイメージに適さず、出演映画の興行成績が悪くなると考えた映画配給会社。

妊娠した場合は堕胎することが契約書に盛り込まれていた。ラナ・ターナー、ジュディ・ガーランド、ジャネット・マクドナルドは、虫垂炎や中耳炎だと偽って堕胎手術のために入院させられた。

同性愛者の役者は、それを隠すために偽の結婚を強いられた。

Warner Bros./Wikipedia / Creative Commons / en.wikipedia.org

カミングアウトは役者キャリアの終わりを意味した。

ロック・ハドソンの伝記『All That Heaven Allows』では、同性愛者であるというスクープを雑誌に掲載されそうになり、噂を払拭するために事務所がすぐにハドソンを結婚させたというエピソードが記されている。

ハドソンはフィリス・ゲイツと急遽結婚するも、数年後に離婚。同性愛者であることは長く秘密にされたが、後年AIDSを発症しカミングアウトした。

ジョーン・クロフォードは奥歯を抜歯。

FX

ハリウッドの女王ジョーン・クロフォードは最も美しい頬骨の形を追い求め、奥歯を抜くことで実現したそう。

『Bette & Joan: The Divine Feud』という伝記で語られている。ジェシカ・ラングがクロフォードを演じたドラマ『Feud』でも描かれた。

クロフォードは目も漂白。

Wikipedia / Public Domain / en.wikipedia.org/Wikipedia / Public Domain / en.wikipedia.org

クロフォードの自伝『My Way of Life』で書かれているスキンケアルーティン

週に1度、スチームを顔にあてた後に顔パック。パック中は、ホウ酸に浸したコットンをまぶたの上に置いていた。カメラの前でより輝く白目のためのケアだとか。

言うまでもなく、絶対ダメなやつ。真似しないでね。

ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードはどうしても仲良くなれなかった。

Warner Bros. Pictures

『何がジェーンに起ったか?』(1962年)の撮影は、あまりに2人の仲が悪く現場のムードは最悪。

あるシーンでは、デイヴィスがついクロフォードを強く蹴りすぎて、クロフォードは数針縫う怪我を負った。

インタビューでは常にクロフォードを称賛していたデイヴィスだったが、「映画製作において、クロフォードは遅刻なし、セリフは完璧、プロとして完璧な人です。ただ、私とは合わない」と語ったことも。

クロフォードの巧みな嫌がらせ

Warner Bros. Pictures

クロフォードをデイヴィスが運ぶというシーンの前、クロフォードは衣装のポケットに重りを忍ばせた。

結果、デイヴィスはとても重いクロフォードを運ぶことになり、腰を痛めてしまった。

後年、クロフォードが他界したときにコメントを求めれたデイヴィスは「死んだ人のことを悪くいうべきではないわ。いい話だけすべきよね…、ジョーン・クロフォードが死んだ、よかったわ」と言ったという。

マーガレット・ハミルトンは、あの有名な緑のメイクで体調不良になった。

MGM

『オズの魔法使い』(1939年)で西の悪い魔女を演じたハミルトンが顔や手に塗っていたの緑のメイクには、実は毒性のある銅が含まれていた。

後に、映画を担当したメイクの1人、ジャック・ヤングが「撮影後は、とにかく念入りにメイクを落とした。少しでもメイクが残らないように注意した。もしものことがないようにね」と語っている。

ブリキ男役で死にかけたバディ・イブセン。

Wikipedia / Fair Use / en.wikipedia.org / CBS

『オズの魔法使』のブリキ男は、当初バディ・イブセンだったが、メイクに含まれるアルミニウムの粒子が原因で体調を崩し入院した。

現場に戻れず、役者はジャック・ヘイリーに変わった。ヘイリーは比較的安全なアルミニウムペーストのメイクを使ったという。

イブセンはに退院後も呼吸器疾患が残った。

1920年から1930年、雪の演出にアスベストが使用された。

MGM/Paramount Pictures

1980年に他界した俳優のスティーヴ・マックイーン。

死因は悪性胸膜中皮腫だったが、マックイーンは映画の撮影と軍隊での経験がこの原因になったと語っている。

ハロルド・ロイドは撮影中の爆発事故で指を失った。

Wikipedia / Public Domain / en.wikipedia.org / Pathé Exchange

『ロイドの化物退治』(1920年)撮影中、小道具の爆弾が実際に爆発してしまい親指と人差し指を失った。

爆発前、小道具の爆弾からは煙がでており、ロイドは「偽物のわりにずいぶん煙がでるな」と言っていたそうだ。爆発が起きたのはそのすぐ後だった。

飼い犬を殺すと脅されたジャッキー・クーパー。

Paramount Pictures

『スキピイ』(1931年)を撮影中、泣きの演技がうまくできなかった子役スターのクーパーに、叔父であり監督のノーマン・タウログは、クーパーの犬を殺すと脅した。

この経験がトラウマになったというクーパーは、自伝にて「犬が撃たれて血だらけになるのを想像したら、涙が止まらなくなった。シーンに合わないくらい泣けてしまって、監督から犬は助かるかもしれないから落ち着けと言われたくらい」と語っている。

『スキピイ』で、当時9歳のクーパーはアカデミー主演男優賞にノミネートされており、アカデミー賞主演男優候補最年少記録になっている。

1940年、アカデミー賞の会場となったホテルは、黒人の利用を拒否した。

youtube.com

1940年、ハティ・マクダニエルが黒人で初めてアカデミー賞にノミネートされた。

アカデミー賞の会場となったホテルは黒人の利用を禁止しており、『風と共に去りぬ』(1939年)のプロデューサーがホテルに直接電話し、マクダニエルが式に参加できるよう頼み込まねばならなかった。

結果、マクダニエルは会場入りできたものの、他の出演者とは離れた後ろの席だった。

原子力試験場の近くで撮影し、のちにスタッフの多くが癌を発症。

RKO Radio Pictures

『征服者』(1955年)が撮影されたのは、ユタ砂漠にある原子力兵器試験場の近くだった。

政府は安全だと主張したが、キャストやスタッフは放射線に侵されていたようだ。現場にいた220人の関係者のうち91人が、20年以内に癌を発症

主演のジョン・ウェイン含む46人が、その後癌でなくなった。

興奮剤と睡眠薬を飲まされた子役。

MGM

ジュディ・ガーランドやミッキー・ルーニーは、興奮剤と睡眠剤を服用することを強いられた。

こうすることで、72時間続けて撮影、数時間仮眠をとりまた撮影という、無茶苦茶なスケジュールをこなしていた。後にガーランドは「死にそうだったけど、あれがあの時の生活だった」と語っている。

この記事は英語から翻訳・編集しました。 翻訳:soko / 編集:BuzzFeed Japan