第六十二回「チカーノ・ソウルは得体の知れない郷愁を誘う」

想い出の音楽番外地 戌井昭人

お国は違うし、言葉もわからないけれど、心臓のおセンチな部分がえぐられてしまう音楽があります。どうしてそうなるのかといえば、それは声だったり、コーラスだったり、リズムだったりするのかもしれません。ソウルミュージックには、そのようなものが多い気がします。オーティス・レディングの歌は特に心のどこかをえぐってくる感じがします。「ドック・オブ・ベイ」を聴いて、涙を流さない人は、たぶん人間ではないかもしれません。まわりにそんな人がいたら気をつけましょう。

そんなことを思いながら、YouTubeで、ソウルミュージックの音楽ビデオをいろいろ見ていたら、突然出てきたのが、THE NOTATIONSの「Be Thankful」でした。このPVが最高なのです。ピカピカの車(ローライダー)に乗ったおっさんさんたちが楽しそうに唄っているのですが、車は車庫にあって動いていません。しかしハンドルを握って操作をしている。ちなみに、おっさんたちが、THE NOTATIONSの方々でした。なんだか楽しそうだけど、車が動いてないので哀愁もあり、何度も見返してしまいましたが、とにかく曲が素晴らしかった。THE NOTATIONSについて調べてみると、60年代後半からシカゴで活躍するボーカル・グループで、「Be Thankful」の入っているアルバム『Blvd. Classics Vol.1』は最近出たそうで、このアルバムは、チカーノ・ソウルシーンに向けて出されたカバー集だそうです。

チカーノ・ソウルとは? と思い、またいろいろ調べてみると(それにしても、インターネットって改めて便利だと思った)、MUSIC CAMP ENTERTAINMENTというレコード会社のページが出てきて、代表の宮田信さんが、チカーノ・ソウルの本を翻訳して年内に出版するという情報がありました。また宮田さんが、チカーノ文化を広めたり、チカーノのミュージシャンを日本に呼んだりする活動を追ったドキュメンタリー、『アワ・マン・イン・トウキョウ〜宮田信のバラード』というのが無料公開されていて、観ると、チカーノ文化に対する宮田さんの熱い気持ちがビシビシ伝わり、それに呼応するようにチカーノのミュージシャンが宮田さんをリスペクトしている様子もわかり、大変、素晴らしかったのです。さらに、私が好んでよく聴いていたチカーノ・バットマンも、宮田さんが日本に呼んでいたようで、本来ならもっと早く知るべきだったのに、自分の情報収集の悪さに呆れました。

それでホームページや映画で宮田さんが紹介していたチカーノ・ソウルをいろいろと聴いてみたら、これが、とんでもなく良い曲ばかりで、クラクラしてしまいました。得体の知れない郷愁を誘うチカーノ・ソウル、THE NOTATIONSの「Be Thankful」を聴いてから、どっぷり浸かっていけば、きっと楽しいものになることでしょう。

戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

© 有限会社ルーフトップ