イタリア人作家は「忘れたくない」と繰り返した  渦中で見つめた我々の愚かさ 「コロナの時代の僕ら」著者インタビュー

 新型コロナウイルスの感染が広がったイタリアで1カ月余りの日々の思索をつづった作家パオロ・ジョルダーノさんのエッセー集「コロナの時代の僕ら」(飯田亮介訳・早川書房)が、日本など世界28カ国で緊急刊行され、話題となっている。1982年生まれの作家は、未曽有のパンデミック(世界的大流行)に最初に向き合った文学者の一人だ。4月下旬、共同通信のメールインタビューに応じ、国ごとに危機に対処するのではなく「人類全体を共同体として捉える道を模索すべきです。それこそ、このパンデミックが促していることです」と指摘した。著書で彼は、渦中で見つめた自分たちの愚かさ、自己中心的な振る舞いを「忘れたくない」と繰り返す。事態が一旦収束しつつある今こそ、立ち止まり、その静かで力強い言葉に耳を傾けたい。(聞き手、共同通信=森原龍介)

作家のパオロ・ジョルダーノ氏(cDaniel Mordzinski)

 ▽「グローバリゼーションを逆行させるな」

 ―あなたは著書で、今回の危機は「この世界が今やどれほどグローバル化され、相互につながり、からみ合っているかを示すものさし」だ、と指摘しています。ですが、世界中で国境が閉じ、国の足並みはそろいません。複雑に絡み合ったグローバル社会は今、曲がり角にあるのではないでしょうか。

 「まず、個人的な共同体と広義の共同体を区別しなければなりません。個人のレベルでは、ソーシャルディスタンス(社会的距離)が私たちの他者理解の在り方を変えるでしょう。ソーシャルディスタンスはしばらくの間、社会の中に疑念をもたらすかもしれません。それは危機がどれぐらい長引くかによります。社会の変容は、一度きりのショックによってではなく、社会を制御する仕組みそのものが変化することによってもたらされます。最終的に新しい習慣も生まれる。危機が長びくほど、変化は劇的になるでしょう」

 「だからこそ私たちは自分の心の中で、今何が起きているのかを、注意深く観察しなければいけません。他方、家族の絆のような強いものはそれほど影響を受けないと思います。触れ合いや愛情を求める思いは、パンデミックより強いのです」

 「より広いスケールでのグローバル化についてはどうでしょう。私は、グローバル化の方向が逆に向かうことはないと考えています。そんなことは過去、一度も起きたことはありませんし、起こるとしても一時的な減速でしょう。パンデミックが浮かび上がらせたのは、適切な協力活動なしに地球規模の課題に向き合おうとする私たちの姿です。私たちはグローバリゼーションを逆行させるべきではなく、むしろグローバリゼーションに適応していくべきなのです」

 ▽「国全体をロックダウンできるというのは幻想」

 ―ジョルダーノさんは「感染症とは、僕らのさまざまな関係を侵す病だ」と指摘しました。家族内の親密さ、人と人の距離の近さがイタリア社会の特徴と考えられますが、影響はどうなっいるでしょう。社会の分断は広がりませんか。

 「この疫病に、私たち一人一人を結びつける最も強い絆を破壊する力があるとは思えません。疫病は、それぞれの社会に既に存在する性質を悪化させるのです。だからナショナリズムが存在するところでは、恐らくそれが強まる。家族の絆が強い地域では、他の社会的なつながりよりも家族の絆が強くなる。孤立化の傾向が今日的な地域では、さらにその傾向が進むかもしれません」

 ―「あの国の対応は優れている」「この国よりマシだ」と、私たちは国の単位で今回の危機を考えがちです。ですが、ジョルダーノさんは、より広い共同体の単位で考えるべきだと主張します。

 「人類全体を共同体として捉える道を模索すべきです。それこそ、このパンデミックが促していることです。仮に私たちがそれぞれ『国家の危機』を解決したとしましょう。イタリアでもスペインでも日本でもウイルスはやっつけられた。米国でさえも。しかし、その間に、インドやタンザニアで乱暴に広がり始めるかもしれません」

 「それらの国々が新たな感染源となり、ウイルスは世界の残りの地域へと感染し続ける。『誰も一つの島ではない(人は孤立して生きるものではない)』と言うように、『どの国も一つの島ではない(孤立して存在するものではない)』のです。それは、日本のような島国にも当てはまります。国全体をロックダウン(封鎖)できるという発想はただの幻想で、続けられるものではありません」

 「これが最後のパンデミックではないことも心に留めておくべきです。今後も起こりえるのです。唯一取り得る方策は、国をロックダウンすることとは逆に、世界のあらゆる場所で医療保障を提供する協力態勢を構築することです。私たちは、中国のある地方の小さな健康問題が、私たちのとても身近なところで、劇的に、あっという間に影響することを学んだばかりです」

4月、ローマのスペイン広場をパトロールする警察(ロイター=共同)

 ▽「誰かに話すだけでも連帯につながる」

 ―空白の時間で、あなたには書くことが救いになったようです。何かほかに助言はありますか。

 「私は今までなかったほどたくさん、ノートに考えたことを書き留めています。というのも、毎日が何か新しい発見があるからです。どんなことも見逃したくないのです。電話で人と話すことも、以前よりずっと増えました。自分が理解したことを誰かに話すだけでも、今の状況では連帯につながります」

 「一般的に知識人の役割はひねくれて生きることにあります。知識人、特に作家はどんどん辺境に追いやられたように感じます。うわべだけの存在です。ですが、今のような空白の時においては、その空白を理解する手助けをしてくれる人が必要なのです。考える手助けをしてくれる人が」

 ―医療の専門家の言葉が必ずしも広く届いていないのではと感じます。素粒子物理学で博士号を持つ科学の専門家でもあるジョルダーノさんはどうしたらいいとお考えでしょう。

 「科学者は一般的にそれほどコミュニケーションが得意ではありません。この危機に彼らがうまくやっていることに驚きましたが、それでも科学には常に仲介役が必要です。科学者は人の心をつかむのに必要な『単純化』に慣れていないからです。問題はメディアの方にあると言いたい。だから、私のこの本の印税を科学コミュニケーションに関する基金をつくるのに役立てるつもりです」

 ―イタリアでは感染の広がりがピークに達した。雰囲気はどうですか。

 「イタリアでは、ピークを脱したことで軽い楽観論が出てきました。しかし、毎日の死亡者数は今も非常に多いです。特に、国内のいくつかの地域では感染が本当は止まっていないことも分かっています。一方で、封鎖はそう長くは続けられない。経済や人々の心の健康に深刻な被害が出かねません。これらすべての事態に対処する組み合わせを見つけるのはとても難しいことです。だからこそ、この局面はまたしても不確実性に支配されてしまう。それでも国はゆっくりと再出発の準備をしています。十分な警戒を伴った再出発であってほしいです」

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

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