コロナ禍「白血病治療に比べたら」 熊本市の料理店主、厨房に再び

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急性白血病を乗り越え、店に立つ園田鉄也さん=熊本市中央区
日が暮れ、人通りがまばらになった子飼商店街にある西洋料理とワインの店「バンザイ」

 「やりたいことをやりたい。やっぱり生きてみたい」。熊本市中央区の子飼商店街で、西洋料理とワインの店「バンザイ」を営む園田鉄也さん(43)は、白血病再発のリスクを抱えながら厨房に立ち続けている。ようやくオープンした店が1周年を迎えた3月には、新型コロナウイルスによる影響で営業縮小を余儀なくされた。しかし園田さんは「病気の苦しみに比べれば」と前を向いている。

 日暮れとともに、人通りがまばらになった商店街。その一角に構える店のカウンター奥で、園田さんは寡黙に料理を作る。そして、ちらりと目線を客の皿に向け「おいしく食べてくれているのか気になって…」。

 料理人に興味があったが、父親から諭され同市内の高校を卒業後、サラリーマンになった。家電部品を製造する工場の工程管理担当。収入は安定し定時で帰宅できたが、「ベルトコンベヤーのように通り過ぎる日々でいいのか。やりたいことをやるべきじゃないのか」。24歳の時に料理人を目指し、会社を辞めた。

 同市内の洋食店で働き始めたが、現実は甘くなかった。長時間働きながらも、収入は会社員時代の半分以下。指導も厳しく「やめたいと考えた」。

 「なめたらだめだ。目指すなら本気でやらなきゃ」。その時、一喝された友人の言葉に目が覚めた。砂を使ってフライパンを振る練習を重ねるなど腕を磨いた。そして店を渡り歩き、料理長に登り詰めた。2012年には同市郊外に念願の店を持った。

 18年3月、突然の悲劇が襲った。繁華街へ移転を計画している時だった。微熱が続き、体中にあざが浮かび上がった。「酔って打ったのだろう」と思ったが、病状は悪化。朝起きると歯茎からの出血で枕が染まっていた。体が動かなくなり病院で検査した。診断名は「急性骨髄性白血病」。

 すぐに抗がん剤治療が始まったが、高熱が続き、食べ物も受け付けない。「こんなに苦しむなら死んだ方がましだ」。金融機関の融資も無くなり、移転計画は白紙に。入退院を半年間繰り返し、病を抑え込んだものの、医師は「5年は再発のリスクが高い。仕事は控えるべきだ」と忠告した。

 だが止まった時計を動かすのに迷いは無かった。「ヨーロッパの酒場の雰囲気」と子飼商店街に空き店舗を見つけ、昨年3月に店をオープンした。

 何とか店が軌道に乗りかけてきたと感じ始めた今年3月。突如、襲ってきた新型コロナウイルスの影響で客足が遠のき、営業縮小を余儀なくされ、テークアウトのカレー販売などでしのいだ。先月末から通常営業に戻したものの、営業的には今も厳しい。

 しかし園田さんは「治療できつかった時に比べれば、コロナ禍の状況は苦にはならない。前に進んでいくだけですよ」。丸メガネの奥の目が輝いていた。(藤山裕作)