残さない政権

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 〈…流行は世界至る所の民族を襲ひ、凡(すべ)ての社会的階級を冒し、其罹病率(りびょうりつ)と死亡率と共に頗る(すこぶ)大なるを以て、之が予防方策を講ずる事は凡ての国民に向つて焦眉の急務なりき〉〈…予防法が突差(とっさ)の間に完成せらるべきの理なく、各国只能(あた)う限りの手段を採れるに過ぎず〉▲日本も独逸(ドイツ)も仏蘭西(フランス)も英吉利(イギリス)も…漢字の国名表記に時代を感じる。百年前の世界が未知の感染症に立ち向かった軌跡だ。内務省衛生局「流行性感冒-『スペイン風邪』大流行の記録」(平凡社東洋文庫)から引いた▲新型コロナの流行で改めて注目され、出版社が増刷に踏み切った話題の一冊である。病状と治療、予防策や看護上の注意…現代と当時のさまざまな共通性が興味深いのはもちろんだが▲解説の言を借りれば〈ジェット機も国際電話もコピー機もインターネットもなかった〉時代の労作だ。大正時代の文語体の行政文書が今も輝きを失わないのは歴史の目撃者・記録者としての気概が伝わるせいだろう▲政府の新型コロナ専門家会議に「議事録」がなかったことが問題化している。これが初めてではない。聴き取りのメモが消えたり、大事な書類をシュレッダーに掛けたり、と意思決定の過程の記録を時折なぜか粗雑に扱う安倍政権▲後世に「残さない」何か-今度はどんな事情が。(智)